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1998.12.04
よく雑誌などに、「あなたのストレス度チェック!」などという記事が載っていることがある。いくつもの質問に答えていって、最終的にどのぐらいストレスが溜まっているかを判定する、あれである。
じつをいうと、わたしはあの手のチェックが非常に好きで、見かけるたびにやってみるのだが、どういうわけかいつも「ストレス度は低い」と判定されてしまう。「ストレスとうまく付き合っているようです」などというのは良い方で、ヘタをすると「人間には多少のストレスも必要です」などといわれてしまうこともある。
まあ自分でもそれほどストレスが溜まる方ではないと思っていたから、そういった判定を見ても腹をたてるはずもなく、「ふむふむ。そりゃそうだろう」と、納得していた。
もちろん、わたしが腹をたてたり、イライラしたりしない、というわけではない。それどころか、かなり頻繁にイラついたり腹を立てたりしている方だと、自分では思っている。それも、かなりつまらないことですぐに腹をたてる。どんな場合に腹をたてるかは、過去の「エッセイのようなもの」を読んでいただくと、多少わかるようになっているので、ここでは割愛させていただいて、とりあえずわたしがイライラしやすい性格である、ということだけ認識していただければよい。
イライラしやすい性格にもかかわらず、ストレスが溜まりにくい、というのが、一般的な性格なのか、特殊な性格なのかは知らないが、ありがたいことに、わたしの場合、細かいイライラでストレスが溜まるということは、ほとんどなかった。
そう。「なかった」のだ。過去形なのである。
私事になるが(っていつもそうだが)、十月から仕事の環境が変わった。この場合の「仕事の環境」というのは、物理的な環境と、仕事の内容と、人間関係のすべてを含んでいる。まあ、人間関係に関しては大きな変化はなかったのだが、それもネックといえばネックだった。じつは、一緒に仕事をしている人の性格が、わたしには合わなかったのだ。それは前々から気づいていたのだが、仕事ではどうしようもないし、前述したようにイライラしやすいわりにはストレスの溜まりにくい性格のおかげで、それほど苦にはなっていなかった。
ところが、それに加えて物理的な環境が変わり、仕事の内容が変わってしまった。このどちらも、わたしのイライラを増加させてくれる内容だった。
その結果、わたしの中のイライラしやすい性格が、楽天的な性格を凌駕したのだ。
わたしはやたらとイライラするようになった。物をぶち壊したい衝動にかられたのは、確か十代後半か二十代前半が最後だったと記憶している。それがよみがえった。さすがに、本当に物を叩き壊すことはできないので、代わりに思い切りぶん殴れるおもちゃのようなものを買って来て、それがまた、思っていたほどには役に立たないことがわかり、よけいイライラしたりもした。
自分でもはっきり「こりゃストレスが溜まってるなぁ」と自覚できるほどに、ストレスが溜まっていたらしい。やがて、体に症状らしきものが現れ始めた。
十月の末のある日。
口の中がやたらと苦く感じた。感じとしては、香水やらオーデコロンなどの、別に毒ではないのだろうが、本来口に入れるべきでないものを口にしてしまった感じ、とでも思っていただければいい。ただ、そういうものだとしたら、うがいをすれば多少は改善されるはずなのだが、わたしの口の中の苦さは、ちっとも変化しなかった。強くなることもなかったが、弱まる気配もない。朝起きてから夜寝るまで、ずっと苦いのである。それが何日か続いた。
そんなとき、ある人が、
「口の中が苦くなるのは、胃潰瘍や胃炎の症状らしい」
と教えてくれた。
「ということは、これはストレス性の胃潰瘍とか、そいういうやつか?」
と、薬局へ行ってその手の薬を買って飲んでみた。だが変化はない。
一週間ほどたっても変化がなかったので、さすがのわたしも、
「こりゃ医者にかからにゃいかんな」
と決意した。なにしろ、食べ物がおいしくないのだ。これはかなり問題である。今にして思えば、よく一週間も平気でいたものである
医者に症状をいい、人から聞いたはなしと、胃薬を飲んだはなしをすると、
「胃潰瘍や胃炎で口の中が苦くなるのは、嘔吐感があったり、ゲップをした後ぐらいのことで、ずっと苦いままということはない」
とのことで、血圧を測られ、心電図を取られ、血を採られ、おしっこを採られた。念のため、と胃のレントゲンを採られ、胃カメラを飲まされた。考えてみたら、精液は採られなかったが、必要なかったんだろうか? なかったんだろうな。
その結果出た結論が、
「胃は多少荒れているようだが、特に問題はない。血液も、中性脂肪が多少多いが、これもまあ問題ない。尿もきれいなものだし、血圧などは正常な血圧の見本のような血圧だ」
との診断だった。
「ただ、これがちょっとなぁ」
と、医者は心電図を見ながらいった。
「自律神経が、少し異常だな。口の中が苦く感じるのは、そのせいだ」
ということで、この一ヶ月ほど、毎日薬を飲んでいる。十一月のなかばから、仕事の内容も場所も変えてもらった。もちろん、一緒に仕事をする人間も変わった。おかげで口の中の苦さもほとんどなくなった。残念ながら、それが薬のおかげなのか、仕事が変わったおかげなのかはわからない。
実をいうと、口の中が苦いという現象の原因が、本当に自律神経の異常から来ていたのかどうか、あまり納得していない。医者にいわれたから、そういうものなのか、と思っているし、その手の本にも、自律神経の異常による味覚異常というのが載っていたので(って、医者の言葉より本を信じるか?)、まあたぶんそうなんだろう、と自分に言い聞かせている今日このごろである。だいたい、この自律神経の異常が、今回のストレスから来たものなのか、以前からあったものなのかも定かではないのだ。自律神経の異常と性格の異常に関連性があるのならば、案外、生まれつきのものだったのかもしれないし。
いつまで薬を飲み続ければいいのか知らないが、今は毎週、看護婦さんに会えるのを楽しみに、病院に通っている。そのぐらいしか、病院に行く楽しみなんてないのである。
まあ、胃カメラはちょっと苦手だが、胃のレントゲンの、あの動き回る台は、なんだか秘密基地のカタパルトか何かのようで好きだし、心電図にいたっては、これからサイボーグ手術でも受けるような気がして、わくわくして来ないこともないが、毎週病院に行くたびに、そんなことをしているわけではない。残念ながら、看護婦さんを見るぐらいしか楽しみはないのである。
こういうおかしな性格が、自律神経の異常に関係があるのかどうか、今度医者に確認してみよう。たぶん、怒られるだけだろうが。
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