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[ エッセイのようなモノ ]
薮の中

1998.12.26

 今からちょうど二十年前のこと。わたしは当時、高校二年生だった。季節はたしか、十二月のなかば、二学期の期末試験が、始まったか始まらないか、というころだった。  
 わたしは、腹にかすかな痛みを感じた。  
 ひどく痛む、というようなものではない。なんとなく痛む。痛み続けるわけでもないし、我慢できない痛みでもない。  
 期末試験の時期ということもあり、わたしはそのまま日々を過ごした。売薬ぐらいは飲んだかもしれないが、そのあたりは、はっきり記憶していない。  
 期末試験の方は、結果はどうあれ無事済んだものの、腹痛の方は一向におさまる気配がない。かといって、それほど悪化していたわけでもない。痛くなったり治まったりの繰り返しなのである。それでも、一週間近くも腹が痛み続けるというのは、いくら楽天的はわたしでもちょいと不安になる。一応医者に看てもらうことにした。  
 まあ、ちょいとした食あたりとか、胃炎とか、そんなもんだろう。検査に多少時間がかかるかもしれないけど、薬もらって飲めば痛みも治まるだろう、ってな気楽な気持ちで病院へ足をはこび、診察を受けた結果、医者の口から出た言葉は、  
 「盲腸だね。すぐ手術しよう」  
 それからの数時間の早いこと早いこと。気がつくとわたしは、病室のベッドの上で、腹の痛みに耐えながら、点滴を受けていた。なにしろ腹を切り裂かれてしまったのだ。いままでの痛みとは雲泥の差である。  
 「治療したはずなのに、今までより痛むとはなにごとか!」  
 と、医者を怒鳴れない腹立たしさに、まわりに当たり散らした記憶がある。  
 今はどうだか知らないし、病院が違えばまたいろいろと違うのかもしれないが、わたしは一週間ほど入院した。退院したのはたしかクリスマスイブだったと記憶している。もしかしたら、それよりも一日ぐらいは前後していたかもしれないが。  
 それももう、二十年も前のことである。  
 そして歴史は繰り返される。  
 千九百九十八年十二月二十日のことである。いや、もしかしたら、十九日だったかもしれない。まあ、そのあたりと思っていただきたい。  
 喉がやけに痛んだ。  
 じつは、このところ、たびたび喉が痛んではいたのだが、まあ風邪だろう、ぐらいにしか思っていなかった。自律神経云々の診断を下した内科医も、「風邪だ、風邪」といっていたし。あまり気にしてはいなかった。ところが、今回ばかりはかなり痛むので、医者に行くことにした。で、痛む場所が喉だし、こりゃやっぱり耳鼻咽喉科に行くべきだろう、と考えた。いつも行っている内科医を信用しなかったわけではないわけではない(どっちだ?)。なんにしても、ちょいと薬塗ってもらって、すぐ直るさ、てな調子で、ひょいひょいでかけたのが十二月の二十一日。  
 ところが、わたしの喉を見るなり、医者がこともなげに一言、  
 「こりゃ、膿んでるな。入院して切らなきゃだめだ」  
 それからの数時間の早いこと早いこと。気がつくとわたしは、病院のベッドで痛む喉を氷で冷やしながら、点滴を受けていた。  
 なにしろ、喉(というより、口の奥の方)をメスで切り裂かれたのだ。病院に行く前よりもよっぽど痛い。  
 これではまるで二十年前のリプレイではないか。  
 初日はとにかく痛くて痛くて、水を飲むことすら命がけの気分である。にもかかわらず、かわいいわりには非情な看護婦さんが、  
 「水分をたくさん取ってくださいね」  
 とか言いやがるし。しかも、体の方も、ご主人様より、非情とはいえかわいい看護婦さんの味方をしているらしく、やたらと水分を要求してくる。で、水分を補給しようとするのだが、これがまた冷汗かきながら飲むもんだから、よけいに喉がかわいて。ってなことはないが。  
 とにかく悲惨な状態だった。  
 まあ、二日目以降は、それほどでもなかったんですけどね。食事も、初日が重湯、二日目がおかゆだっただけで、あとは普通の食事を普通に食べられたし。  
 残念ながら、昨日(十二月二十五日)めでたく退院してしまった。で、今この文章は自宅のパソコンで入力している。入院中にリアルタイムでレポートをしたかったのだが、なんせ入院するつもりで行ったわけではなかったので、リブレットは持っていたが、予備のバッテリーもアダプターもない。たまにはパソコンにまったく触れることのない日々もいいだろう、と思う存分惰眠を貪ってきた。あ、本は読んだから、感想文のようなモノを書かなくちゃ。  
 まあ、ネタは仕入れてきたので、これから小出しにする予定。ただ、どこで使うかは不明なので、エッセイにはもう出てこないかもしれないが。  
 で、今回一番面白かったのが、手術の瞬間である。もっとも、あれを手術といっていいのか、少々自信がないこともないのだが。なにしろ、わずか数分で終わってしまうのだ。なんてったって、膿んでる部分を切り裂いて、膿を出すだけなんだから、時間がかかる方がおかしいのだが、面白かったのは、手術そのものではない。  
 メスを入れた瞬間に、口の中に膿が出てくるのだが、その味といったら、なんともいえず、二ヶ月ほど前に味わった、あの味なのである。つまり、自律神経云々が理由で味覚がおかしくなっている、といわれたあの味が、口の中いっぱいに広がったのだ。  
 とすると、口の中のあの苦さは、これが原因だったことになるのか? じゃあ、以前のあの診断結果はなんだったんだ? 喉が痛むと訴えたわたしに、風邪だ風邪といった医者の言葉はなんだったんだ?  
 ということで、現在我が家では、これまで通っていた内科医は「ヤブ」という結論に達している。本当にヤブなのかどうか、真相は今のところ薮の中。  



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