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[ エッセイのようなモノ ]
犬をノイローゼにする方法

1999.04.02

 だいぶ昔に聞いた話なので、どこまであっているか自信がないのだが、犬をノイローゼにする方法というのがある。  
 まず、犬に「お手」を教え込む。これは別に、「おすわり」でも「ふせ」でもなんでもいい。最低でもなにかひとつ、芸を教え込む。犬に芸を教え込むときのパターンとして、うまくできたら褒美をやり、できなかったら叱る、というのは、たぶんあたりまえのことだろう。これを三週間ほど繰り返す。それで芸を覚えることができる程度には賢くなければ、ノイローゼになることすらできないらしい。  
 さて、晴れて三週間後に犬が芸を覚えたら、いよいよノイローゼに追い込む作戦が始まる。  
 ここからの三週間は、褒美と罰を逆にするのだ。つまり、芸ができたら罰を与え、できなかったら褒美をあたえる、と。  
 犬というのは、あまり頭がよくないから、最初のうちは、なにがなんだかわからずに、叱られても叱られても、きちんと芸を続ける。だが、いくら頭がよくないといっても、それを一日続けられたら、犬だって覚えるようになる。「お手」といわれても「お手」をしなければ、褒美がもらえるのだ、と気づくようになる。そのうち、「お手」といっても手を出さなくなってくる。そこでとどめに、少し強めに「お手!」とやると、犬の方もびっくりして、ついうっかりお手をしてきてしまう。そうしたらすかさず、犬の頭を思い切り引っぱたく。それでその日はもう、いくら「お手」といっても何もしないようになる。そうしたら、褒美をあたえる。  
 だがしかし、犬というのは、あまり頭がよくないから、一晩寝ると忘れてしまうことが多いらしい。翌日「お手」とやると、おそらく素直にお手をしてくるだろう。もちろん、頭をひっぱたく。前日と同じように、お手をしなくなるまで繰り返す。しなくなったら褒美を与える。これを三週間繰り返す。三週間たったころには、犬もちゃんと理解する。「お手」といわれてもなにもしなければ、褒美がもらえるのだ、と。  
 さて、次の三週間は、ふたたび最初にもどる。つまり、お手をしたら褒美を与え、しなかったら叱るわけだ。  
 もちろん最初は犬もとまどう。だが三週間続けるうちに、やがて理解するようになる。  
 この、「正しいパターンで三週間」と「逆のパターンで三週間」を1セットとして、これを3セットほど繰り返す。  
 そのころには、犬も立派なノイローゼ状態になっているという。同じところをぐるぐると走り回ったり、やたらと飛び跳ねたり、意味もなく吠えたりするらしい。  
 そんなことが何の役に立つのかというと、これがまったく何の役にも立たない。自分の家の犬で試してみよう、などと思ってはいけない。誰が考えてみても、犬がかわいそうだ。この訓練は、ねずみなんぞでも、ある程度の賢さがあれば効果があるらしい。  
 ところが、である。  
 子供のころに、親や学校の先生から、「嘘をついてはいけません」とは、誰でもいわれることだろう。その一方で、「お母さんが買ってくれた服、変だから嫌い」と正直に言おうものなら、「せっかく買ってあげたのに、なんでそんなこというの!」と怒られたりする。この矛盾は、誰でも経験したことがあるはずだ。みんな、そういう風にしつけられてきた。「確かに変だね。よく正直にいえたね」などと誉められることは、まずない。  
 これが犬ならば、一年以内に確実にノイローゼになるはずである。だが、ほとんどの人間はならない。そのまま元気に成長する。  
 前述したように、賢くなければ、ノイローゼにはならないのである。  



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