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[ エッセイのようなモノ ]
ノストラ落語

1999.06.02

 昔から、いろいろなところで、いろいろな人が、いろいろなことを、予知したり予言したりしているわけですが、この予知だの予言だのが、また難しい。信じていいものやら悪いものやら、思案に迷うところです。  
 江戸の頃なんぞには、馬が喋って天変地異を予言した、などということもあったりしたそうですが、江戸の人々というのは人が善かったんでしょう。そういう噂を聞いたら、まだ知らない人には、教えてあげるのが親切だ、と思っていたそうで。噂はたちまち広まったのだそうでございます。  
 「おい、熊さん。聞いたかい?」  
 「効いた、効いた。おめぇにもらった薬のおかげで、尻のおできがすっかり治った」  
 「だれも、おめぇの尻のおできの心配なんざ、しちゃいないよ。あの噂を聞いたかって、聞いてんだ」  
 「いや、そいつはまだ聞いてねえ。そんなにおできによく効くのかい?」  
 「くどい奴だね。おできじゃないよ、予言のはなしだよ。聞いてねぇのか? なんでも、今年の七月に、てぇへんなことが起きるらしいって、世間じゃ大騒ぎだぜ」  
 「そりゃてぇへんだ。そんなときに、なにをのんびりしていやがる。早いとこ、家財道具をまとめるのを手伝ってくんねえ」  
 「家財道具ったって、綿のはみ出たぼろ布団しかねえじゃねぇか。まあ落ち着きなよ」  
 「呆れた奴だね。これからてぇへんな事が起きるってのに、落ち着つけって奴がいるかい。そら、慌てろ慌てろ」  
 「だからって、ただ家の中を右往左往してたってしかたがねえじゃねぇか。まあ座れや」  
 「言われなくたって座るよ。俺のうちだ」  
 「だいたいおまえは、何が起きるのかわかってうろうろしてるのか?」  
 「いや、わからねえ。わかってりゃぁ、もうちょっとちゃんとうろうろすらぁ。で、何が起きるんだ?」  
 「俺だって知らねぇよ」  
 「なんだい、人騒がせな奴だね。何が起きるかもわからねぇのに、ひとの家の中を行ったり来たりしてたのか?」  
 「そりゃおめぇだろ」  
 「だいたいおめぇ、その噂をどこから聞きつけてきた?」  
 「なんでも、ノストラなんとかいう、昔の人が書いたものの本に書いてあるそうだ」  
 「で、何が起きるかは書いてねぇのか」  
 「書いてねえ」  
 「不親切な奴だ。どこに住んでるるんだい、その、乗せたらなんとかって奴は。俺がちょっと行って、意見してやろう」  
 「おいおい。無駄だ無駄だ。書いた奴は、とっくの昔に死んじまってるよ」  
 「何だよおめぇは。死んだ野郎のいってることを真に受けて騒いでるのか? 人騒がせなやつだ」  
 「そんなこといったって、その人が書き残したことは、今までたいがい当たってるってはなしだぜ。今度だって、当たろうってもんじゃないか」  
 「当たろうが当たるまいが、何が起きるのかわからねえどころか、起きるか起きねぇかさえ、そのときになってみなきゃわからねぇんだろ。それじゃあ何の役にも立たねえじゃあねぇか。だったら今から慌てることはねぇ。おめぇが、てぇへんなことが起きる、なんて、騒ぎながら入って来るから、無駄に慌てちまったじゃねぇか。ああ疲れた」  
 「呆れたやつだね。だからって、布団にくるまって寝ちまう奴があるか。てぇへんな事が起きたって、起こしちゃやらねぇぞ」  
 「ああ結構。その心配にゃぁおよばねぇよ」  
 「自分でちゃんと起きるんだろうな」  
 「そりゃおまえ、起きるか起きねぇかは、そのときになってみなけりゃわからねぇ」  



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