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[ エッセイのようなモノ ]
マナー

2000.04.06

 世の中にはマナーと呼ばれるものがある。行儀とか作法とかいう意味らしい。早い話しが「あれやっちゃだめ、これやっちゃだめ。あれしろ、これしろ」というやつである。同じようなもので、ルールというものもある。マナーとルールがどう違うかということは、いまひとつよくわからないのだが。  
 一般的には、マナーというのは自然発生的にできあがったものであることが多い。主に「人様に迷惑をかけないようにしよう」といった発想から生まれるようである。一方ルールとは、特定の個人とは限らないが、誰が意識して作ったもの、というような感じである。まあどちらにしても「お互いに気持ち良く過ごそうよ」ということから始まっていることにそれほど違いはない。ただ、ルールの方には必ずしも「人様に対する迷惑」といった発想があるとは限らないのだが。  
 たとえば相撲で、足の裏以外の部分が土俵についたら負け、というのはルールである。これを破ったからといって、誰かが迷惑を被るということはない。だが、見ているお客さんが座布団を飛ばしてはいけない、というのはマナーである。飛んできた座布団が当たったら、そりゃ迷惑だろう。映画館で上映中に騒いではいけないというのはマナーであり、タバコを吸ってはいけないというのは、実はマナーでありかつルールでもある。上映中の喫煙は、消防署からのお達しで禁止されているので、そういう意味ではルールでもある。  
 そうやって考えるとよくわからないのが、テーブル・マナーとかいうやつ。幸か不幸かわたしはテーブル・マナーが必要になるような食事をしたことがないので、詳しいことはわからないのだが、スープは音を立てて飲んではいけないとかいうあたりから始まって、料理によって使うナイフだのフォークだのまで決められているらしい。スープの音に関しては、まわりが不快になることもあるだろうからマナーだろうが、どのナイフを使うか、なんてことはマナーじゃなくルールなんじゃないかと思うのだが、いかがなもんだろう。もっとも、テーブル・マナーのようにすでに歴史の長いものに関しては、いまさらわたしあたりがとやかくいったところで、どうなるものでもないだろうが。  
 一方マナーが自然発生的なものであるために、場合によってはうまく定着しきっていないマナーなんぞもある。つまり、新参のマナーということ。考えてみると、これがなかなかおもしろい。エスカレーターのマナーなんぞ、その代表かもしれない。  
 ご存知ない方もいらっしゃるかもしれないが、一部の人の間では、エスカレーターの右側はあけておくのがマナーとされている。つまり、急ぐ必要のない、エスカレーターの上で立ち止まっている人は左側に立ち、急いでいる人のために右側はあけておくべきであるというマナーが、一部では適用されているようなのである。これは、動く歩道なんぞも同じ。ちなみに、時々「動く歩道」を「歩く歩道」といい間違える人がいるのだが、いわれた方も案外気づかない場合があったりする。気づいた場合の突っ込みとして、「歩道ってのはもともと歩くところだ」というのもあるし、「歩道が歩いちゃったらすごいよな。その上を歩く人は大変だな」というのもある。後者の突っ込みを入れられた場合は、切り返しとして「歩道が動いちゃうのもすごいよな。動いて、どっかいっちゃったりして」という実のない会話をすることによって、場をしらけさせることが可能になる。  
 そんなことはどうでもいい。エスカレーターである。  
 エスカレーターの右側は急ぐ人のためにあけておくべきだ、というマナーは、実はまだそれほど定着していない。一部の人は「これは明らかにマナーだ」と主張しているようなのだが、知らない人はまだまだ多い。  
 それ以前に、これが本当にマナーかどうか、という問題もある。実はエスカレーターを作っている側や管理している側の意見では、動いているエスカレーターの上を歩いたり走ったりして上り下りするのは、危険なことだからやめてほしいということになるらしいのだ。  
 特に下りの場合、なにかの理由で急にエスカレーターが止まったら、歩いたり走ったりしていた人は、おそらく転げ落ちることになるだろう。つまりルールでいくと、エスカレーターを走って上り下りしてはいけないのである。デパートのエスカレーターのあたりで流されている放送でも、はっきりと「走って上り下りするのは大変危険ですのでおやめください」といっている。  
 ルールに反したマナーというのは、あきらかにおかしい。特にこれは「危険があるからやってはいけない」ということなのだ。そういう事情で、わたしはエスカレーターの右側をあけておく、というのをマナーとは認めないことにした。御賛同ねがいたい。  



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