|
2001.11.28
女性が男性に求める資質の中で、おそらく常にベスト3入りしているであろうと思われるものに「優しい人」というのがある。「やらしい人」ではない。それだったらわたしも自信があるのだが、悲しいことにこのふたつ、一文字違うだけで、どうやら対極にあるらしい。まあ、優しいうえにやらしい男というのも存在するだろうが、それを望む女性というのはなかなかいない。
女性はやはり、優しさを求めているものらしいのだが、実はこれがくせもの。うっかり鵜呑みにしようものなら、男はえらい目にあったりする。
まあ、その女性に対して優しくするのはあたりまえ。子供やお年より、動植物などに優しくするのも問題ない。ただし、他のおねえちゃんにだけは優しくしてはいけないらしい。そんなことをしようものなら、たちまちぶん殴られることになる。
だからといって、女性が「わたしにだけ優しい人」といったのを信じ込んで、子供や年よりや動植物を邪険にすると嫌われる。まあ、そういう場合でも、よそのおねえちゃんにだけは優しかったりする男も、いたりするのだが。
本当の意味で優しい男というのが、どのぐらい存在するのか、わたしは知らない。男の優しさはずるさの現れだ、という文章は、何という小説に出てきたせりふだったろうか。男の優しさはやましさの現れだ、というのもあった気がする。優しさはやらしさだ、というのは、あったかどうか知らないが。
まあ、広い世の中には、本当に優しい男というのも、ごくわずかではあるが存在しているらしい。ほとんど絶滅の危機に瀕していて、国連だかWHOだかが保護に乗り出したとか、どこかの金持ちが部屋に飾ろうと、莫大な賞金をかけて探しているとか、いろいろな憶測が飛んでいる。最後の一人をアマゾンの奥地で発見したとか、チベットの山奥に生息しているとかいうニュースが、タブロイド紙に載ったりする。
ごく稀に「俺は優しいよ」という男がいるが、これは明らかにまがい物である。自分で優しいという男に、本当に優しい男はいない。
とある結婚している女性がいっていたことなのだが、その女性の旦那さんというのが自称「優しい男」。料理が趣味で、休日になると「うまいものを食わせてやるからな」と、朝から一日かけて、プロ顔負けの食事を作ってくれるという。それはそれでありがたいのだが、片付けはしない、道具にも材料にも金がかかる。あげくの果てに「おまえだってがんばればこのぐらいの料理作れるんだぜ」とか言い出す始末だそうで。これで本人は「俺は休日には料理を作ってあげる良い亭主」と思っているらしい。
あるいは、気を利かせて洗濯物を取り込んでくれる。もちろん、ちゃんとたたんでくれる。これだけ聞くと優しい旦那さんのようだが、それを毎日きちんとやってくれるわけでなし、頼んだときにやってくれるわけでもなく、気が向いたときにだけやって、なおかつたたみ方はいいかげんときたら、奥さんとしては「余計な手間をかけさせるな!」と言いたくなるのだそうだ。それでも旦那さんの方としては「俺は家事を手伝う優しい旦那さん」ということになっているらしい。このあたりの小さな食い違いが、将来大きな溝になるのだろう。
幸いにもわたしはまだ結婚していないが、そのうちこうなるのかと思うと、結婚しても下手に家事を手伝わない方がいいんじゃないか、と思えてくる。もちろん、家事を手伝わない旦那は無条件で「最低!」ということになるのだそうで。手伝ってもだめ、手伝わなくてもだめとなると、こりゃもう結婚しない方が良いのかもしれない。もちろん、そんなことは彼女に言ってはいけない。そんなことを言おうものなら「なにそれ!」と飛び蹴りを食らうことになる。
じゃあどうすればいいんだ、とお嘆きの男性諸氏に、良い方法を教えよう。
何も考えなければよいのだ。パートナーの言うことを素直に聞いて、言われたことをきちんとこなす。変に自分の考えなんぞ入れてはいけない。ひたすら奴隷として勤めていれば、文句は言われない。もっとも、その場合は「なんにも考えてないでしょ!」という文句が来るのは、間違いないのだが。
こうして見てみると、女性が求めているものというのは、実は優しさではなく、単にわがままをきいてくれるかどうかなのである。つまり、男に必要なのは優しさではなく、我慢強さなのだということ。
念のために書き添えておくが、今回の内容の「女」と「男」をすべて入れ替えても、おそらく話しはそのまま通用する。こう書いておかないと、女性読者から石を投げられることになるから、世の中は実に恐ろしい。
|