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[ エッセイのようなモノ ]
怪奇!妖怪おまぬけ小僧

2002.12.03

 あまり知られていないのだが「おまぬけ小僧」という妖怪がいる。海外では「マヌー」と呼ばれることもあるらしい。この妖怪にちょっかいを出されると、誰でもついうっかりおまぬけなことをしてしまうという。  
 たとえば、駅で駆け込み乗車をしようとしたとしよう。もちろん、駆け込み乗車はしてはいけないことなのだが、だれでもついうっかりやってしまったりする。その「ついうっかり」が、おまぬけ小僧の大好物なのだ。  
 ホームに電車がいるのに気がついて、あわてて階段を駆け下りる(あるいは駆け上がる)。途中でけっつまづいてコケたりするのは、明らかにおまぬけ小僧のせいだ。  
 幸運にもコケずにホームまでたどり着いたとしても、目の前でドアが閉まってしまう。無事に電車に駆け込んだと思ったのに、ドアに身体が挟まれる。身体は挟まれなくても、上着のすそが挟まっていて、いくらひっぱってもはずれない。次の駅から当分は反対側のドアが開くというのに……。これらは皆、おまぬけ小僧のいたずらである。  
 コケもせず、ドアに挟まれもせず、問題なく電車に乗り込んだから、と安心してはいけない。よく見たら実は逆方向の電車だったりするから。ちゃんと乗れて、方向もあっていると安心し、座席に座ったころにも、おまぬけ小僧はやってくる。やけに空いてるなぁと思ってよく見たら、その電車は次の駅が終点だったりする。あるいは、自分が降りる駅には止まらない快速だったり。おまぬけ小僧のみごとな攻撃だ。  
 おまぬけ小僧のいたずらは、他人が見ても気づかない場合もあるが、本人にとってはとっても恥ずかしいことだったりすることが多い。各鉄道会社も、危険だからとか他の乗客の迷惑になるからとか、そんな理由で駆け込み乗車を禁止するのではなく、おまぬけ小僧にやられて恥ずかしいぞ、という理由にすれば、みんなやらなくなるんじゃないか、という気がするのだが、いかがなもんだろう?  
 さて、おまぬけ小僧が現れるのは、何も電車に乗るときばかりとは限らない。降りるときにだってちゃんと待ち構えているのだ。  
 無事に座れて安心して、ついうっかり眠ってしまって、乗り過ごしてしまったりするのも、もちろんおまぬけ小僧のいたずらだが、そんなもので安心していてはいけない。  
 居眠りしていて、ふと目が覚める。しまった降りなきゃ、とあわてて飛び起きてドアに駆け寄るが、直前で閉まってしまう。車内の人たちの視線が、すべてあなたに集まっていて恥ずかしい。無事に降りられたと安心してから、よくよくまわりを見回してみると、そこはまだ自分が降りる駅よりも手前の駅だったりする。下手したら今の電車が最終電車だったりする。悲惨である。  
 事故のために電車が来ない。いくら待っても来ない。諦めて別のルートを取った途端に電車は動き出す。もちろん、そうなりそうな気がしてずっと待っていれば、今度はホントに全然電車は来ない。これもおまぬけ小僧の仕業である。  
 ただし、おまぬけ小僧にやられても腹を立ててはいけない。実はおまぬけ小僧は、小さな災難を呼び込むことで、大きな災難を防いでくれているのである。だから、おまぬけ小僧にやられたな、と思ったときは、心の中で「おまぬけ小僧さん、ありがとうございます」と唱えなければいけない。これを忘れると、おまぬけ小僧は何度でも襲ってくる。  
 ごくまれに、どう見てもおまぬけ小僧に魅入られている、としか思えない人も存在する。平らな道でやたらとつまづく。友達に電話しようとして、自分の家に電話してしまう。急須にお茶っ葉を入れずにお湯を入れてしまう。しかも湯のみに注いではじめて気がつく。必要なときに必要なものが見つからないのに、用事が済んだとたんに見つかる。シリーズ物の本の新作が出ているのに気がついて買ってきたら、それはもう持っている本だった。こういうことがしょっちゅうある人は、明らかに魅入られていると思って良い。  
 そういう人は、もはや心の中でお礼を言う程度では済まない。風呂の空焚きなどという事態を起こす前に、きちんとお祓いをしておくことをおすすめする。ただし、あなたが天然おまぬけの場合には、効き目はないが。  
 さてある日のことである。  
 わたしはいつものごとくタバコを吸おうと思い立った。いつものごとくポケットからライターを取り出し、火をつけて口元に近づけてから気がついた。まあ、そのときに考え事をしていたのもいけなかったのかもしれない。口元に近づけたライターの火が、途方に暮れることになったのだ。タバコをくわえるのを忘れていたのである。まぬけな話しだ。  
 これは明らかに「妖怪おまぬけ小僧」にいたずらされたのである。絶対におまぬけ小僧のせいである。ボケたのではない!  



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