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[ エッセイのようなモノ ]
ゆずりあいの精神

2002.02.08

 このエッセイのようなモノの中で、わたしはよく自分のことを「年寄りだ」と言っているが、実際にはまだ電車やバスで席を譲ってもらうほどの年寄りではない。ないと思っている。なにしろ、年寄りってのは、自分を年寄りだと思っていないことが多いので、このあたりの判断を自分で下すのは、なかなか難しいのだ。  
 いまのところ電車やバスで席を譲られたことがないので、まわりから見てもそれほどの年寄りには見えないのだろうと、安心している。それで良いのかどうか不安はあるが。  
 うちの父親は大正生まれで、名実共に年寄りなのだが、電車やバスではあまり席を譲ってもらえないらしい。なにしろかなりな歳のくせに、ちっともその年齢に見えない。生意気にも歳の割には姿勢が良いので、まだまだ元気に見えるのだ。実際には歳のせいで、腰は悪いわ心臓は悪いわで、混んだ電車なんぞでは可能な限り席を譲ってもらいたいらしいのだが、世間様がそれを許してくれないらしい。そうやって考えると、若く見えるってのも考えものなのかもしれない。  
 で、わたしはその息子なわけだ。ひょっとしたら、本当はもう席を譲ってもらっても良いような年齢なのに、外見がそうは見えないというだけの理由で、これまで席を譲ってもらったことがないだけなのかもしれない。まあ、外見だけで相手の年齢を判断するというのは、これが実に難しいことだということだ。  
 わたし自身は、自分のことを、席を譲られるよりも譲る年齢だと思っているので、時々席を譲っちゃったりする。ひょっとしたら、生意気なことをしているのかもしれないが、それで誰かに怒られたり注意されたりした経験はないので、たぶん間違った行為ではないのだろう。  
 ときどき、席を譲られても妙に遠慮して座ろうとしない人もいる。空いた席を前に互いに譲り合っている状況というのは、ほほえましいといえばほほえましいのだが、混んだ電車の中ではできれば避けたい。中には悪遠慮して、ホントに座ろうとしてくれない人もいる。そういうお年よりが相手の場合、わたしは「いや、一度立っちゃったものをまた座るのはかっちょ悪いんで、わたしを助けると思って座ってやってくれませんか」とお願いすることにしている。「すぐに降りますから」と遠慮する人には、「じゃあ、空いたらまた座りますから、それまで座っててください」と言うようにしている。しかし、よく考えてみると、このやり方はあまり良くないのかもしれない。中には膝が悪くて座ったり立ったりがしんどい人もいるだろうし、痔を患っているために座るよりも立っている方がまし、という人もいるだろう。だから、お年寄りに席を譲るにしても、脅して座らせたり、力ずくで座らせたりするのは、極力避けた方がよい。  
 そうはいっても、一度で良いから見てみたいのが、シルバーシートにふんぞり返っていた、どう見てもヤクザな人が、目の前に年寄りが立ったのを見た瞬間に、スッと立ち上がって席を譲るというシーン。年寄りが遠慮でもしようものなら「てめぇ、俺が譲った席に座れねぇとでもいうのか?」と脅すのを見てみたいのだが、残念ながらそういう場面に出くわしたことはまだ一度もない。茶髪で化粧バリバリ、はいてないも同然というぐらい短いスカートの女子高生が、化粧直しの手を止めて席を譲るところは、一度ぐらいは見た気がするのだが、これはひょっとするとわたしの記憶違いかもしれない。  
 ときどき、席を譲ってあげようとしたら「わたしゃまだそんな歳じゃない」と怒られた、というようなことを聞く。困ったものである。そういうことをされちゃうと、次からは、相手を見て席を譲るべきかどうか考えこむことになってしまう。それで、実際に席を譲るべき状況なのに立ち上がれなくて、恥ずかしい思いをしたりするわけだ。できればお年寄りのみなさんは、席を譲られたら素直に座っていただきたい。って、怒り出す人は自分をまだ年寄りだと思っていないのだから、このお願いは意味がないな。年寄りにしろ若者にしろ、席を譲ってもらったら、かまうこたぁないから、喜んで座っちゃいましょう。  
 もひとつ困るのが、かなり混んだ電車の中で、人ごみをえらい勢いでかき分けて来て、席を譲ってもらいたさそうに目の前に立つご老人。それだけのパワーがあれば、なにも席を譲ってもらう必要なんぞなさそうな気もするのだが、そういう人に限って、こちらが立たないとすごい顔で睨んできたりする。しかたがないので立ち上がるのだが、そういう場合には当然のことながら、足が不自由なふりでもして、辛そうな顔で立っていることにしている。まあ、そういう人は、自分が座るのが当然と思っているようで、こちらの辛そうな表情になんぞ、気がついちゃくれないが。  



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