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[ エッセイのようなモノ ]
更新の季節

2002.02.23

 免許の更新に行ってきた。  
 なにしろ五年ぶりの更新で、前回がどうだったのかよく覚えていないのだが、たしかかなり腹が立ったように記憶している。それに関しては、ここいらあたりに書いてあるので、興味のある人は読んでも良いかもしれない。ひょっとしたら書いてないかもしれないし、読んでも何の得にもならない可能性もある。いや、得にならないのは確実だな。  
 で、今回行ってみて驚いたのは、担当者の動きがテキパキしていたことだった。実際には、わたしが覚えていた人と担当者が変わっていたので、担当者の動きが変わったというわけではないのだが。その人の言動は、わたしが抱いていたお役所仕事というイメージからは、少し離れていたような気がする。わからないことがあって何か質問した人への対応も、丁寧なものだった。ただ、ちょいとテキパキしすぎて、ちょっと歳のいった人や反応の遅い人には、ついていかれないところもあったようだが。  
 わたしなんぞ、書類に収入印紙を貼る場所がわからなくて尋ねたあとに、ひょいと自分の書類を持ち上げたら、その下に見本が置いてあったという間抜けなことをしてしまったのだが、それでもちゃんとにこやかに答えてくれていた。「そこに見本があるでしょ」的な対応は一切なかった。まあ、文句をつけようと思えば「見本の置き場所が悪いぞ」ということになるのだが、いくらなんでも、そんなことをするほど、わたしもへそ曲がりではない。  
 そういえば、去年の暮れに役所に印鑑証明を取りに行ったときも、思ったよりも親切な対応だったので、ちょいと驚いた記憶がある。  
 こうやって考えると、お役所の人は少し得なのかもしれない。なにしろ、ほんのちょっとでも丁寧な対応やらすばやい対応をしておけば、世間の人は「意外といいじゃん」と思ってくれるのだから。もともと持っていたイメージが悪すぎるとか、過去の印象が強すぎるといえばそれまでかもしれないが、お役所も少しずつ変わって来ているのかもしれない。あるいは、たまたまわたしが接した人がそういう人だっただけで、実際にはあまり変わっていない、という可能性もあるが、そこまで悪く見るのもかわいそうだろう。  
 しかし、運転免許の写真ってのは、どうしてああも納得できない写りになるのだろうか。たしかに、元が悪いんだからしかたがない、という意見もあるだろうが、今後何年も身分証明として使う写真なのだから、もう少しまともな写りかたにならないものだろうか。  
 で、お気づきの方もいらっしゃると思うが、冒頭で「免許の更新」と言っただけで、ここまで何の断りもなく「自動車の運転免許の更新」の話しをしてきた。一般的に、ただ「免許」といった場合、自動車の運転免許証のことを指すことが多い。単に「免許」と言った場合に、一級船舶免許だの特殊航空機器操縦免許(ってのがあるのかどうか知らないが)だのを差すことはあまりない。まあ、その業界内では通じるのかも知れないが。  
 今回の話題も、いきなり「免許の更新」と書いてあるのを読んだときに「何の免許の更新だ?」と突っ込みを入れた方はいったい何人いるのだろうか。もし突っ込みを入れ忘れた方は、自分は固定観念に囚われている、と反省した方がよい。ってほど大きな問題じゃあないとは思うのだが。  
 まあ、変わったことが好きなわたしとしては、UFOの操縦免許とか超能力の使用免許とか、そういうものの更新をしたいのだが、あいにくまだ取得していないし、あるかどうかも知らない。オヤジでいるにも、まだ免許はいらないようだし。  
 悲しいことに、わたしは自動車の運転免許証以外の免許を持っていないので、履歴書なんぞの資格のところに書くことがなくて困る。仕事の上での各種資格なんぞも存在するのだが、そういうものは一切持っていない。持っていなくたって、コンピュータ関係の仕事は出来ちゃうのである。なんといいかげんな世界なんだろう。  
 で、みなさん気づかないフリはやめていただきたいのだが、自動車の運転免許証の更新に行ってきた、ということは、わたしの誕生日が近い、ということである。今年で何歳になったのか、ということは、著者近影を見ても書いてないが、どうやら今年は厄年らしい、ということで判断していただきたい。  
 場合によっては、あなたがこれを読んでいる時点で、すでにわたしの誕生日を過ぎている可能性もあるが、心配することはない。ときどき「誕生日のプレゼントは一年中受け付けてます」などというとんでもないことを言い出す人もいるが、わたしはそんな常識知らずなことはしない。  
 誕生日のプレゼントは、当日を含んで前後半年間だけ受け付けている。  



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