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[ エッセイのようなモノ ]
都筑道夫

2003.12.13

 作家の都筑道夫氏が亡くなった。  
 このサイトでは何度も書いていると思うが、わたしにとっては、おそらく二十代前半あたりからずっと、好きな作家のナンバーワンに君臨し続けていた人だ。  
 それほどの人が亡くなったというのに、実はそれほどのショックを受けていない。なぜかというと、ここ数年、氏が新作を発表していなかったことから、まことに失礼なことではあるが、ひょっとしてそろそろ危ないのではないか、と心配しつつも、なかば覚悟を決めていたからに他ならない。正直いって、その心配も覚悟も、無駄に終わることを期待してもいた。しかし、その淡い期待も、悲しい結果となってしまった。  
 動脈硬化による心臓麻痺だそうである。  
 十一月二十七日に、ホノルルで亡くなったそうだ。享年七十四歳。今の世の中では、まだまだこれから、といわれる年齢だろう。  
 作家にしろ漫画家にしろ、歳をとってから突然亡くなる人が少なくないのは、若いころに徹夜を重ねたりと、無理な生活をしていたことが、多いせいだろうか。  
 実は、都筑道夫といっても、一般的には、知っている人はあまりいない。書店でも、常備してあるところはあまりない。  
 それはおそらく、ベストセラーになるような作品を書いていないからだろう。売上ランキングの上位に名前があがったことなど、おそらく一度もないのではないだろうか。そしておそらく、氏自身も特にそれを望んではいなかったのではないか、と思われるフシがある。  
 時流に乗った作品は、まず書いたことがないと思われる。本人も、何かの文章で、自分が面白いと思える作品を書きたい、と書いていた。  
 これはもちろん、あらゆる作家の望みであるに違いない。いや、作家に限らず、あらゆる仕事で、自分が面白いと思える仕事ができるのであれば、それに越したことはない。だが、通常は世間がそれを許さないだろうし、本人にも欲が出てくるだろう。しかし、氏にはそれがなかった。売上を伸ばすことよりも、凝った文体や、面白いお話しを書くことを目標とし、それをつらぬいて来たし、世間がそれを許すだけの実力が、氏にはあったのだ。  
 なにしろ、ジャンルを明確にしづらい作家であった。書店でも扱いに困ったのではないだろうか。  
 一般的には推理作家として分類されているが、SFは書く、ホラーは書く、時代小説は書く、ポルノまで書いているのである。小説だけではない、評論だの小説や映画の紹介文なども、かなりの量、書いている。しかも、明確な自分の文体を持ちながら、作品のジャンルや内容によって、文体を変えたりすることもしていたために、一般的な読者に強い印象を与えることは、ほとんどなかったといっていいかもしれない。  
 だからおそらく、一般的にはあまり著名ではなかったのだろう。  
 だが、逆に作家や編集者の間では、かなり大勢のファンがいたらしい。今活躍している多くの作家が、都筑道夫が好きだったり、目標としていたり、とてもかなわないと白旗を揚げていたりするのは、実は有名な話しなのである。有名どころでは、宮部みゆきあたりも、かなりのファンであると聞いている。  
 もちろんわたしは、ご本人にお会いしたことなど、一度もないが、わたしの印象としては、新しいモノ好きの老舗の和菓子屋の主人、というイメージがある。物腰は柔らかだが、モノを見る目は厳しく、古くからの流儀を守りながらも、常に新しいモノに興味を持ち、挑戦し続けて、新しいモノを作り出そうとしている。万人に愛されることはなくとも、ひいきにしている客が多数、しっかりと存在し、業界内部では一目置かれている。そんな雰囲気があったのだ。  
 正直いって、いつかわたしが小説家になったときに、一度でいいからお会いしたいと思っていた。わたしが書いた文章を読んでいただいて、批評をしていただきたいと思っていた。大それた夢を持っていたものである。その夢ももはや実現不能となってしまった。って、わたしが作家になること自体、不可能だと思っているのだが。  
 悲しいことに、氏の作品は書店にはほとんど置かれていないのだが、昨年、第六回日本ミステリー文学大賞を受賞した関係で、ここ数ヶ月、都筑道夫コレクションというシリーズが光文社文庫から出ていて、今月その十冊目が出てコレクションが完結した直後のこの訃報である。今なら書店で氏の作品が手に入る。この最後の一冊が、初期作品集であったため、収録されているほとんどの作品を、わたしは読んでいなかった。数日前に購入して、楽しみながら読んでいる最中の訃報であった。  
 謹んでご冥福をお祈りする。  



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