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[ 小説のようなモノの書き方 ]
内容を小説っぽくする
会話を楽しむ

2000.04.18

 作品の内容にもよるでしょうが、ほとんどの小説(のようなモノ)では、登場人物が喋ります。もちろん、登場人物がいっさい喋らない小説というものもあります。小説(のようなモノ)に会話が必要かどうかはわかりません。会話なんぞまったくなくても、ちゃんと小説らしい小説というのも存在するはずです。「俺は登場人物が喋る小説なんて書かない!」という方は、ここは読まなくて結構です。でも、小説(のようなモノ)を小説っぽくする手段のひとつに、「いきいきとしたセリフ」というのがありますので、読んでおいて損はないかもしれません。単に時間の無駄になる、という可能性もありますが。  
 地の文でいかに登場人物の性格を細かく描写しても、セリフがそれをだいなしにしてしまうこともありますし、逆にセリフのうまさのおかげで、その登場人物の性格にリアリティが生まれる、という場合だってあります。  
 たとえば、小説を読んでいて時々気になるのが、女性のセリフをかたっぱしから「〜だわ」としている作品があるということ。もちろん、そういう喋り方をする女性だって、いないことはないでしょうが、現実問題として、語尾に「わ」をつけて喋る女性がどのぐらいいるか、ということです。  
 少なくとも、わたしのまわりにはいません。  
 どこかの高級住宅街に住んでいる奥様だのお嬢様だのならば、そういう喋り方をすることもあるかもしれません。でも、普通のOLやら学生やらが、ギャグや冗談でなく、  
「わたくしがやりますわ」  
 と喋っているのは、リアリティに欠けるでしょう。たとえ現実にそういう人がいたとしても、小説世界でのリアリティと現実とはまた別問題です。  
 老人のセリフにしてもそうです。出てくる老人がみんな「〜じゃ」と喋っていると、非常に薄っぺらな感じがしてきます。  
 このあたりは、まず普段の練習が必要になってくるでしょう。  
 常日頃から人間観察をして、性別、年代、性格、色々な面から見て、どんな人がどんな喋り方をするのかに注意してみてください。中には、外見や性格と喋り方が一致しない人もいるかもしれません。そういう場合でも、なにがどう一致していないのかを考えてみるのも、おもしろいものです。  
 ところで、小説(のようなモノ)を読んでいて困るのが、誰がどのセリフをいっているのか、わからなくなる時がある、ということです。どうでもいいようなセリフの場合なら、誰が喋っていようが、それこそどうでもいいのですが、キーになるセリフが、どの人物が喋っているのかわからなかったりすると、読んでいて辛いものがあります。  
 ということは、書く場合にもこれは注意しなければならない、ということなわけです。  
 まあ基本的に、登場人物が二人しかいない場合は、その心配はほとんどないでしょう。たとえばこんな感じで。  
 
「昨夜の二時ごろなんですけどね。何か怪しい物音を聞いたとか、そういうことはありませんか」  
「夜中の二時ってあんた。そんな時間じゃ普通の人はたいてい寝てるよ」  
「そりゃそうなんですが」  
「まあ、俺はたまたま起きてたけどね」  
「え。じゃあ、なにか聞いたとか、見たとかいうことは」  
「残念ながら、なんにもねぇなぁ」  
「そうですか」  
「すまねぇな、役に立てなくて」  
 
 と、まあこんな調子でやっていけばいいわけです。この文章には、登場人物の描写が一切ありませんが、とりあえず二人の人物が会話を交わしていることはわかると思います。ところが、この文章をちょっと変えると、三人の会話になっちゃうんですね。こんな感じ。  
 
「昨夜の二時ごろなんですけどね。何か怪しい物音を聞いたとか、そういうことはありませんか」  
「夜中の二時ってあんた。そんな時間じゃ普通の人はたいてい寝てるよ」  
「そりゃそうなんですが」  
「俺は起きてたけどね」  
 いきなり後ろから声をかけられて、わたしはあわててふりかえって、  
「え。じゃあ、なにか聞いたとか、見たとかいうことは」  
「残念ながら、なんにもねぇなぁ」  
「そうですか」  
「すまねぇな、役に立てなくて」  
 
 ね、最初のうちは、目の前の人物としてるんですが、途中で三人目が登場して来ちゃってるんですね。これで、三人の会話が成立してしまいます。問題は最後のセリフ。これが、最初の相手が言っているのか、途中から出てきた相手が言っているのかがわからなくなっちゃってますね。まあ、この例の場合には、はっきりいってどっちが言っていても関係ないようなセリフなんですが。通常は、そうでない場合もあるわけです。それをいったいどうすればいいのかを考えてみましょう。  
 まず一番簡単な方法は、大勢の人物を一度に登場させないこと。書くのが難しいシーンは、書かなきゃいいわけです。それが一番簡単。ただしここでいう「簡単」というのは、「どのセリフが誰のものなのかがわかりにくくなるという事態を避けるのが簡単」というだけのことで、それ以外の部分が簡単になるかどうかは別問題ですので、ご注意ください。  
 まあ作品の展開上、そういうシーンばかりというわけにもいかないでしょうが。逃げの手としては使えます。  
 次に簡単なのは、各セリフの後に「と、だれそれは言った」と入れる方法です。こんな感じで。  
 
「ほら、こぼしてるよ」  
 と太郎が言った。  
「あ、ごめん」  
 と次郎は謝った。  
「はい、ティッシュ」  
 と太郎がティッシュを手渡すと、次郎は、  
「ありがとう」  
 と受け取った。  
「ボロボロボロボロこぼすなよ」  
 と三郎が怒ると、太郎は、  
「そんなにがみがみいわなくても」  
 とたしなめながらも、  
「ほら、またこぼしたよ」  
 と次郎に言った。  
「いいかげんにしろよ」  
 と、三郎が怒鳴る。  
「怒鳴らなくてもいいじゃないか」  
 と、太郎がいうと、  
「だったらそんなに気にしなければいいじゃないか」  
 と、三郎が怒鳴り返した。  
「しょうがないじゃないか、性分なんだから」  
 太郎が言い返すのを見て、次郎が、  
「喧嘩しないでよ」  
 というと、三郎が、  
「誰のせいだと思ってるんだ!」  
 と大声を出した。  
 
 ただ、これってあんまりかっちょよくありませんね。そこで、ただ単に「と言った」と入れるだけではなく、バリエーションを加えてみてください。先の例は、多少のバリエーションを加えてはありますが、まだまだすごくかっちょ悪いです。なぜかっちょ悪いかというと、まずセリフと地の文が完全に交互に出てくるからです。これは、作文のあまり良くない例、「太郎君が「×××」と言ったので、ぼくが「○○○」と言うと、三郎君が「△△△」と言いました。」というのと同じことです。こういう場合は、地の文や無駄なセリフを多少間引いたり、つなげ直したりすることで、多少は改善されます。また、登場人物に動きをつけたり、それぞれの感情を描写することによっても、いくらか改善することができます。  
 
「ほら、こぼしてるよ」  
「あ、ごめん」  
 太郎に言われて、やっと次郎も気がついたようだった。太郎が差し出したティッシュを受取ながら、次郎はうつむいたまま小さな声で「ありがとう」とつぶやいたが、それは三郎の声にかき消された。  
「ボロボロボロボロこぼすなよ」  
「そんなにがみがみいわなくても」  
 怒りだした三郎をたしなめながらも、太郎はまだ次郎に注意を続けて、  
「ほら、またこぼしたよ」  
「いいかげんにしろよ」  
 ついに三郎は立ち上がって、大声を張り上げた。握りかためた両の拳が、ぶるぶると震えている。そんな三郎を見上げて、太郎が落ち着いた声で言った。  
「怒鳴らなくてもいいじゃないか」  
 それが余計に三郎の気に障ったのだろう。三郎は顔を真っ赤にして、怒鳴り始めた。  
「だったらそんなに気にしなければいいじゃないか」  
「しょうがないじゃないか、性分なんだから」  
 太郎も立ち上がって、三郎の顔を睨み返した。三郎は、今にも噛みつきそうなほど太郎に顔を近づけて、血走った眼を見開いている。そんな二人をおろおろしながら見上げていた次郎が、中腰になって、泣き出しそうな声を出した。  
「喧嘩しないでよ」  
「誰のせいだと思ってるんだ!」  
 大声でわめきながら、三郎は次郎につかみかかった。  
 
 ちょっとはそれっぽくなったでしょ?  
 会話を交わすとにきも、ちょっとの動きと感情の描写を入れてあげると、小説っぽくなるんです。  
 あとは、各登場人物の性格をきちんとかき分けることによって、それぞれがきちんと個性的で区別のできる喋り方をするように心がける、という方法もあります。  
 つまり、似たような性格で、似たような喋り方をする登場人物ばかり出すのではなく、バラエティに富んだキャラクター設定をすればいい、ということです。たとえ年齢性別が同じような登場人物ばかりでも、それぞれの性格は違うはずです。たとえば、ひとりは神経質、ひとりはのんびり屋、ひとりは口が悪いなどと、性格が違っていればいいわけです。性格が違えば、喋り方も違うはずです。そうすれば、セリフだけで、ある程度は区別できるはずです。  
 
「ほら、またこぼしてるよ」  
「え、どこ? あ、ほんとだ。ごめんね」  
「ほらほら、ティッシュ」  
「あ、ありがと」  
「おめぇはまったく、ボロボロボロボロこぼしやがって。餓鬼じゃねぇんだから、もっとちゃんとしろよ」  
「なにもそんなに言わなくたって。あ、ほらまたこぼしたよ」  
「あ、ごめん」  
「きったねぇなぁ。いいかげんにしろよ」  
「そんなにガミガミ言わなくてもいいじゃないか。ちょっときつすぎるよ」  
「だったらおめぇもいちいち言うなよ」  
「しかたないじゃないか、気になる性分なんだから」  
「ふたりとも、喧嘩しないでよぉ」  
「誰のせいだと思ってんだ、おめぇは!」  
 
 うまくできたかどうかはわかりません。だいたい、例題として、状況を勝手に作ってますから、普通に小説(のようなモノ)を書いている場合よりも、やりやすいといえばやりやすいんですが。まあ、作品の中のどこかでこのような会話をさせておいて、それぞれの喋り方を読者に印象づけておけば、そのあとも少しはわかりやすくなるはずです。  
 ベストなやり方は、セリフの書き分けをしつつ、動作や感情の描写を入れていくということでしょうか。たぶん、それがもっとも小説っぽくなるはずです。  
 まあ、なんにしても、最初のうちはあまり神経質にならずに、自分も登場人物のひとりになったつもりで、どんどん会話を書いて、それを楽しみましょう。後で読み返してみて、わかりにくいようだったら、いろいろと手を加えていけばいいんですから。  


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