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[ 小説の感想文のようなモノ ]
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小説「トラブル・バスター4/九月の雨」
景山民夫著(徳間文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

1998.04.17

 かなり昔のことになるのですが、007シリーズのようなお話しを考え付いたことがありました。ただ、その主人公は国家の安全のためとか世界の平和のために活躍するのではなく、企業の利益と社員を守るために東奔西走する、単なるサラリーマンという設定でした。もちろん殺人許可証なんかを持っているはずもなく、当然のことながら銃なんぞは出てきません。一応会社が開発中の製品や、開発はしたけれども商売にならないからと試作品だけ作られたような製品を、秘密兵器として支給されはするけれど、あまり役に立たなかったり。出張はあっても飛行機はエコノミーだし、へたすりゃ新幹線の自由席だし、泊りはビジネスホテルだし。帰ってくれば出張旅費の清算だの、報告書の作成だのがあって残業だらけ。でも給料はそれほど高くない。という半分以上コメディのお話しでした。  
 そんなお話しを考え付いたころに、景山民夫の「トラブル・バスター」を読んでしまったのが間違いでした。わたしが考え付いたお話しは、結局一文字も文章になることはなく、頭の中で醗酵して腐ってしまったのでした。  
 なにしろ、あたりまえのことですが、相手はプロだし、場所もテレビ局という華のある職場ですから、事件には事欠かない。おもしろさでいけば勝ち目はないんですよ。まあ、勝ち目がないからって書かない理由はないんですけどね。どうやっても「トラブル・バスター」の二番煎じになる上に、おもしろさでも勝てないとなったら、こりゃもう書いても無駄ってもんでしょう。  
 そんな「トラブル・バスター」シリーズも、これで四冊目ですが、これで終わりでしょう。何しろ作者が死んでしまいましたから。まあ、今回のこの四冊目も三年ほど前に出版されたものの文庫化ですから、もしかしたらあと一冊ぐらいは出るかもしれませんが。このシリーズ、映画にもなってますが、あいにくわたしは映画の方は見ていません。  
 景山民夫の本は何冊か読んではいるんですが、どうも当たりはずれがあって。というよりも、わたしの好みに合うか合わないか、の問題なんですけど。面白いと思ったのは、コラムやエッセイ。「遠い海から来たCoo」も、なかなか面白かったんですが、ついつい映画「イルカの日」を思い出してしまいまして。「遠い海から来たCoo」もアニメ化されてますが、これも見ていません。  
 実は以前、わたしの「コラムのようなモノ」が景山民夫のようだと、人から言われたことがありまして、そのときは「どこが?」と思ったんですが、自分の書いた文章を読んでみると、確かに多少雰囲気が似てるかな、と。  
 まあそれはそれとして。  
 この「トラブル・バスター」シリーズは、ジャンルで分けると一応ハードボイルドということになるんでしょうか。多少コメディの色も入ってますが、主人公の名前からして、ハードボイルド系の名前です。  
 ちなみに、ハードボイルドの作品というと、主人公がやたら暴力をふるったり、逆にやたら暴力をふるわれたり、という作品を想像しがちですが、そういうのは本来のハードボイルドとは違うと、わたしは思っています。とはいっても、そんなにたくさんハードボイルドを読んでいるわけでは、ないんですけどね。わたしが「これがハードボイルド!」と思っている作品のひとつに、都筑道夫の「西連寺剛」シリーズがあります。先日「死体置場の舞踏会」という文庫が出ましたので、今ならまだ書店にあるかもしれません。このシリーズはあっちこっちの出版社からバラバラに出ていて、中にはもう手に入らないものもあるかもしれまんが、そのうちまた出てくることでしょう。読みやすい作品ですので、小説慣れしていない人でも気楽に読めると思います。  
 さて、ハードボイルドの場合、描写を細かくする、という不文律のようなものがありまして。やれ着ている服がどうのとか、乗っている車がどうのとか。場所の移動ひとつとっても、どこからどこへどういうコースをたどって、という描写を細かくするのが、ハードボイルドのパターンのようです。もちろん、そうではない作品もありますが、ほとんどの作品がこの不文律を守っています。  
 「トラブル・バスター」シリーズは、これがかなり極端に出て来ます。各種ブランド品から、車の種類、道路のルートまで。事細かに描写してますが、残念ながらわたしにはその手の知識がないもので、「ラルフ・ローレンのコットン・コードレーンの上着」と言われても、どんな上着なのかさっぱりわかりません。まあ、そういう知識が豊富にある人には、十分楽しめるのでしょうが。  
 それと、このシリーズの大きな魅力として、テレビ局の裏側がわかる、というのがあります。まあ、どこまでが本当のことで、どこからが誇張で、どのあたりからが大嘘なのかはわかりませんが、冒頭に出てくる、テレビ局が自社スポットをやたらと流す理由なんか、嘘かホントかわかりませんが、充分納得できます。  
 さて今回は、ゲストキャラクターとして登場する婆さんが、かなり魅力的です。雰囲気はイギリスあたりのご婦人といった感じで、やたらと知識は広いし、英語もペラペラで見た目は上品な貴婦人のくせに、格闘技はこなすわ、ナイフの扱いはすごいわで、そのうえ度胸もあるときては、作者としても、きっと大喜びで書いたことでしょう。  
 ただ、ちょいと納得がいかないのが、そんな女性に育てられた息子が、ただひたすらまじめで、悩みが高じて酒を飲みすぎ、肝臓を悪くして死んでしまった、というのはどんなもんでしょう。それほどの女性に育てられた男が、悩みの元になっている問題に立ち向かわずに、酒に溺れてしまうということがあるものでしょうか?  
 現実としては、もちろんそういうこともあるでしょうが、小説としては納得が行きません。事件を追い続ける理由として、血のつながりが必要だったのならば、伯母あたりでもよかったのではないでしょうか?  
 この作品では、この婆さんのおかげで、主要キャラクターがいつもの調子を出せないでいます。したがって、「トラブル・バスター」シリーズを読んでみようと思ったら、ちゃんと一冊目から読むことをお勧めします。いきなりこの四冊目から読みはじめると、面白さは半減してしまいますから。  
 景山民夫氏のご冥福をお祈りします。  


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