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[ 小説の感想文のようなモノ ]
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小説「神の狩人」
グレッグ・アイルズ著(講談社文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

1998.11.01

 池波正太郎の作品に、確か「闇の狩人」ってな題名のがあった気がするんですが、探そうにも本の山のどこに隠れたのやら、片づける気にもなりません。だれか整理しに来てくれないかなぁ、無料で。  
 それはそれとして、もちろん本書「神の狩人」と池波正太郎の「闇の狩人」には、何の関連もありません。だいたい、池波作品の方は江戸時代が舞台ですから、こちらのようにオンライン・ネットワークなんぞというものは出てきません。  
 ということでこの作品、上巻の帯にも書いてあるように、「インターネットの谷間で獲物を探す男の正体!?」「オンライン・ネットワーク「EROS」の会員が次々に殺される」ってな内容です。下巻の帯を見ると「「羊たちの沈黙」に匹敵する世紀末スリラー」ってことになるようです。どうも最近のスリラーは、オンラインを扱ったり、犯人とレクター教授を比較したりすることが多いようです。  
 実はわたしは、「羊たちの沈黙」は映画でしか見ていないので、単純に比較することはできないのですが、この作品はなかなかいいんじゃないかな、と。  
 ということで、ここから先は、例によってネタばらしが出てきますから、先を読むかどうかは、自分で判断してください。  
 さて、なかなかいいんじゃないか、と思った理由のひとつに、主人公と犯人が、最後まで面と向かって向き合わない、というのがあげられます。というよりも、よく読んでみると、犯人の描写はほとんどないんです。犯人の手記がところどころに挟まれていたり、ラスト近くになって、ビデオに写った犯人の映像(というよりも、犯人自身が撮影した犯行現場の映像ですが)とかは出てきますが、生身の犯人は最後の最後にちょっと出てくるだけ。しかもその時読者は、主人公と一緒に窓の外からガラス越しに犯人の後ろ姿を見るぐらい。生身の犯人の姿を目の当たりにしたときには、犯人はほとんど死にかけています。  
 上下巻あわせて、千ページ以上ある作品で、生身の対決は二十ページにも満たないでしょう。これに匹敵する犯人の出し方は、宮部みゆきの傑作「火車」ぐらいでしょうか。あれもまたすごかった。  
 もっとも、「神の狩人」の犯人は、まったく姿を見せないわけではありません。ネットワーク上に現れて、まあチャットみたいなことをするわけです。それだけでも、すごく存在感がある。一方でチャットを続けながら、犯人の家と思われる場所にFBIだのCIAだのSWATだのが突入するシーンを、電話越しに聞いているシーンの緊迫感は、ほとんど映画なみです。  
 よく考えてみると、その手の突入シーンが二回ほど出てくるのですが、一回目は突入チームの一人が持っているビデオ越しに、二回目は電話越しに描写していて、直接の描写はありません。それがまた緊張感を醸し出してくれて、気持ち悪いぐらい気持ちいいです(笑)  
 これを読んで実感したのが、「チャットの相手が遠くにいるとは限らないんだよな」ということ。この恐怖は、夜中にチャットすることの多い人には、ぜひ感じてもらいたいもんです。  
 で、最近のこの手の小説に多い傾向として、各種専門用語がやたらと出てくる、ってのがあります。まあ、リアルといえばリアル、理解しにくいといえば理解しにくい。この作品も例外ではありません。しかも、コンピュータ関係の用語と、医学関係の用語が絡み合って出てきます。そのうえ、エロスの世界も絡んできて、へたをしたら何が何だかわからなくなってしまいますが、この作品に関していえば、それほど理解しにくいってことはありませんでした。「ゲートウェイ2000」だの「コンピュサーブ」だの「松果体」だのと言われても、わからない人にはわからない。でも、わからなくてもそれなりに読めてしまう面白さが、この作品にはあります。  
 この作品には、二人の天才が出てきます。ひとりはもちろん犯人。もうひとりは、主人公の友人で、最初のうちは、こいつが実は犯人なんじゃないか、と思いたくなりますが、それはありません。このふたりは文字どおり一切の直接対決はしないのですが、腹のさぐりあいのような部分は、読んでいてかなり楽しめます。  
 「ここでジャケットを使うかい!」とか、「おいおい。トイレットペーパーかよ」とか、こちらの意表を突くことを平気でやってくれます。こういう作品を読んでいつも思うのが、「わたしには絶対書けないな」ということ。なにしろ、天才の思考を書かなければならないわけですから。天才でないわたしには、天才がどう考えるかなんて、絶対にわかりません。  
 タイトルの「神の狩人」というのは、もちろん日本でつけたタイトルで、原題は「モータル・フィアー」。「致命的な恐怖」とでも訳しましょうか。それがなんで「神の狩人」なのか、じつは読み終わったあとでも、漠然とした感じしかつかめていません。ここでいう狩人が主人公のことなのか、犯人のことなのか。それとも別の意味があるのか。それはまあ、読んでみて、自分で判断してください。「モータル・フィアー」も、かなり奥のあるタイトルですが、直訳でない日本語のタイトルも、なかなかどうして、捨てたもんじゃありません。  


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