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[ 小説の感想文のようなモノ ]
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小説「催眠」
松岡圭祐著(小学館文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

1999.04.12

 わたしは以前から、催眠術には興味があって、小説の書き方関連、メモや手帳関連に次いで、催眠術のかけかた関連の本が、本棚の中のハウ・トゥものの本の中では、かなり目につきます。ただ、どのハウ・トゥにしても、読むだけ読んで、まったく実践していないので、小説は書けない、メモは取れない、催眠術もかけられないときては、読むだけ無駄って気がしないでもありませんが。まあ、小説に関しては、遠い昔に書いていたような記憶もありますし、まったくメモを取らないわけではありませんから、まったく役に立ってないかどうかはわかりませんが。で、催眠術に関してはどいうかというと、自己催眠のとっかかりぐらいしかできません。せいぜい、腕が重く感じる、ってな程度です。  
 そもそも催眠術を覚えたいと思った動機が、意志の弱いのを、自己催眠で直せないか、と思ったからなんですが、自己催眠を習得するには、継続するためにかなりの意志と根気が必要で、その意志が弱いのですから続くわけがなく、続かないから、いまだに意志は弱いままという、情けない状態です。  
 さて、本書は、現役の臨床心理師であり、催眠術師としてテレビなんぞにも時々顔を出している松岡圭祐の、デビュー作です。二年ほど前にハードカバーで出たときに、買おうかどうしようか迷いつつ、結局買わずに済ませてしまったのですが、結論からいえば、文庫を待ってOKだったな、という感じです。  
 よく、小説の新人賞の総論やら、小説の書き方の本の中の、新人賞に応募する際の心構えのようなことが書いてあるところには、自分の得意分野で勝負しろ、というようなことが書いてあります。医学界のことをまったく知らない人間が、病院の裏側の話を、どれだけきっちり調べて書いても、現役もしくは引退した医者が、虚実入り混ぜて書いたものには、リアリティの点でかなわない、ということのようです。  
 そういう意味では、この作者は正しいアプローチをしたわけですが、残念ながらあまりにストレートすぎたというか、ひねりがなかったというか。  
 この文章の冒頭でも書いたように、わたしはかなりの数の「催眠術入門」のような本を持っているのですが、その中にはもちろん、この作者の書いた本もありました。で、その中に書かれているネタと、小説の中で使っているネタが、ほとんど完全にダブっているんですね。これはまあ、別に悪いことではないと思うのですが、読んだ方としては、同じネタを同じ形で出されると、少しがっかりしてしまいます。  
 プロの作家の中には、エッセイで使ったネタを小説の中で使ったり、同じネタを違う作品に使ったりする人もいますが、そういう場合も、ストレートに使わないようにしたり、本筋とは全然関係のない、多少読み飛ばされてもかまわないような部分に使ったりしていることが多いようです。もちろん、小説の裏話をエッセイに書いたりするのは、また別の問題。  
 ところがこの作品では、まあ、本筋ではないとはいいつつも、ほとんどそのままの形で使っているために、損をしてしまっている部分がかなりあります。とはいっても、催眠術の本の方を読んでいなければ、気にはならないことなんですが。  
 そういった部分を差し引いたとしても、なんとなく詰め込みすぎた感じで、焦点がぼけている気はします。この作品、長編にするよりも、短編連作の形にした方がよかったんじゃぁないでしょうか。あと、個人的な好みですが、主人公に魅力を感じませんでした。  
 この作品、映画化されるようですが、申し訳ありませんが、わたしは見に行きません。ビデオになったら、借りるかもしれませんが。  


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