縦書きで読む
[ 小説の感想文のようなモノ ]
この本は ここで 買えます
小説「八月のマルクス」
新野剛志著(講談社)
全国書店ネットワーク e-hon

1999.10.03

 第45回江戸川乱歩賞受賞作品です。この「八月のマルクス」の巻末には、過去の受賞作のリストが掲載されていますが、よくよく見てみたら、わたしは乱歩賞の受賞作品をハード・カバーで買ったのははじめてでした。それどころか、過去に読んだ受賞作は、わずかに3冊。今回でやっと4冊目です。  
 なんでだろう、と考えてみたんですが、理由がよくわかりません。はっきりいって、ただなんとなく読まなかった、としかいいようがありません。この「感想文のようなモノ」でも、時々推理小説を取り上げているようですが、じつはわたしは、それほど推理小説は好きじゃないらしい、とひとごとのように。  
 なんでもこの作品の作者は、この作品を書くあいだ、一年半だか放浪の旅をしていたのだそうです。作品を書くために放浪していたのか、放浪している間に作品を書いたのか、詳しいことはわかりませんが、すごいことをする人がいるものです。  
 何がすごいって、その放浪の内容が、直接この作品に反映されているとか、そういうところがまったくないところが、すごいんです。主人公が放浪しているとか、かつて放浪していたとか、舞台があちこちに移るとか、そういうことが一切ないんですね。これは実は、かなりすごいことなのではないか、と思ってしまいました。  
 普通人間は、自分が特殊な立場におかれたら、そしてその状況で小説を書くとしたら、どうしたって、自分が置かれている立場を作品に使いたいと思ってしまうはずです。ところがこの作者は、一切そういうことをしていない。このあたりは、すごいことだと思います。まあ、悪く取れば「放浪した意味がないんじゃないの?」といってしまうこともできますが、実際、読者にとって、作家がどういう状況でその作品を書いたか、ということは、それほど大きな問題ではないんですね。  
 それはそれとして、この作品。ジャンルとしては、ハード・ボイルドになります。いや、明らかなハード・ボイルドです。  
 ハード・ボイルドの特徴は、基本的に人探しのはなしが多い、ということでしょうか。もちろん、すべての作品が人探しのおはなし、ということはありませんが、どういうわけか、ハード・ボイルドの主人公は、行方不明者や失踪者を探していることが多いようです。  
 そしてもうひとつの特徴に、主人公が暗い過去を持っていることが多い、というのもあります。これももちろん、すべての主人公が暗い過去を持っているというわけでもありません。ただ、少なくともわたしが読んだハード・ボイルド小説の中には、暗い過去を持っていない主人公はいませんでしたし、現在明るく生活している主人公も、いなかったように記憶しています。そういう主人公が活躍する面白いハード・ボイルド小説をご存知の方は、ぜひご一報ください。  
 で、主人公は探し求める人物の手がかりを得るために、いろいろな人に会い、いろいろなはなしを聞いて歩く。その間に、ほとんどの主人公は、いろいろと自問自答を繰り返します。その結果大抵の場合、主人公の過去も少しずつあきらかにされていくわけです。  
 この作品も、おおむねそのパターンにのっとっています。  
 主人公は、かつて、偽りのスキャンダルによって芸能界を去った、元お笑い芸人。探す相手は、五年ぶりに再会した数日後に行方不明になった、元相方。  
 ただ、この相方を探す理由というのが、少々弱いような感じで、というか、途中で「何で探してるんだっけ?」と考えてしまうところがあって、不満が残ります。  
 その他は、ほとんど気持ちよく読めて、さすがは受賞作。  
 超傑作、とまではいきませんが、珠玉の逸品、といった感じです。  


Copyright(c) 1997-2007 Macride
ご意見ご感想は メール 掲示板
以下はみなさんからいただいた感想です
俺にも言わせろ!という方、自分の書き込みを削除したい方は