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小説「王の眠る丘」
牧野修著(ハヤカワ文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

2000.01.30

 かつて都筑道夫の小説で「暗殺心」という作品がありまして。「暗殺心」と書いて「アサッシン」と読ませるんですが。この作品、設定が「アメリカの作家が東洋風の舞台を設定し、日本の忍者を主人公に想定して、ヒロイック・ファンタジイを書いたら、こうもあろうか」という姿勢のものでした。登場人物の名前は、みんな漢字だし、国や町の名前も当然漢字。そういう、おかしな異国情緒を楽しませてくれる作品でした。  
 いきなり、全然別の作品の紹介なんかしちゃいましたが、この「王の眠る丘」も、そういう意味では、同じように登場人物や場所、各種道具の名前が漢字ですから、系統としては東洋をベースにしたファンタジーといえるでしょう。ただこちらの場合は、すべての人物や場所の名前が漢字、というわけではなく、カナの名前も出てきます。そのあたりの雰囲気から、なんとなく中国を中心に、その周辺の国々(モンゴルやらインドやら、東ヨーロッパあたりまで)というイメージも湧いてきます。でも実際に読んでいるあいだは、そんな理屈は関係なく、ストレートに作品世界に引き込まれてしまいました。  
 主人公は、権力者を倒すために、馬奴(バドと読む)と呼ばれる獣に乗って大陸を横断するレースに参加するわけです。その過酷なレースを完走したものだけが、天府と呼ばれる首都に入ることができる。天府に入らない限り、神皇と呼ばれるときの権力者に近づくことはできない。そのためだけに、レースに参加し、完走を目指す。つまり、主人公に明確な目的意識があるんですね。で、パターンとしては、その過程で、主人公は成長していく、と。もちろん、主人公に限らず、主な登場人物は、みな変化していきます。帯にある「著者より」の内容に書いてある通りに。ほとんど純粋に、そういう感じの物語です。  
 そういう意味では、非常にわかりやすい作品でしょう。  
 多少わかりにくいところもありました。  
 たとえば、馬奴の外見については、馬というよりも人間に近いような印象を受けますが、同じように出てくる乗り物で、貨虫と呼ばれる巨大な虫がいます。この虫が、でかいものは丘ぐらいになる、というような感じなのですが、どんな形をしているのか、よくわかりませんでした。しかも、それに乗っちゃったりするわけですから。どんな乗り方なのか、読んでいる間はイメージが湧きませんでした。で、今いろいろと考えてみて、わたしのイメージが間違っていたのではないか、ということに気がつきました。わたしはずっと、テントウムシのようなものを想像してたんですね。よく考えてみたら、貨虫ってベースはカブトムシなんじゃないか、と。重い荷物を運べる虫といったら、やっぱりそっちでしょう。  
 読んでいる間に気になったのは、その程度でした。  
 あとは、すんなり作品世界に入り込むことができました。  
 解説を読むと、この作者はどうもすごい人のようで、過去に別名でいくつかの新人賞を取ったことがあるようです。あいにくわたしは、この人の作品を意識して読んだことはありませんが、名前は知っていましたから、ひょっとしたら、雑誌に載った短編の一本ぐらいは、読んだことがあるのかもしれません。  
 タイトルとオープニングを読んだ時点で、なんとなくオチが見えるような気もしてきます。で、想像したラストと、実際のラストは、それほど大きな差はなかったのですが、わたしとしては「そう来たか」という感じでした。この後主人公がどんな人生を歩んだのか、それともやはり結果は同じことになってしまったのか、読者としては気になるところです。でも、続編なんぞは書いてほしくない。これはこのままの余韻で終わらせておいてもらいたい。そう思わせる作品でした。  
 わたしとしてはおすすめ。  


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