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[ 小説の感想文のようなモノ ]
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小説「殺戮」
ポール・リンゼイ著(講談社文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

2000.03.26

 パトリシア・コーンウェル絶賛! と、この人の本が出るたびに(ったって、まだ三冊目ですが)必ず書いてあるんですが、もういい加減このあおり文句はいらないんじゃないかなぁ。充分独り立ちしてると思うし。個人的な趣味でいけば、コーンウェルの「検屍官シリーズ」よりもこっちの方が好みです。まあ、欠点をあげるとすれば、ちっとも新作が出ないってことでしょうか。なにしろ、前作「宿敵」が出たのは、四年半ほど前のことですから。  
 ご存知でない方のために、少し説明しておきましょう。作者のポール・リンゼイは、この「FBI捜査官シリーズ」の一作目、つまり処女作である「目撃」を発表した時点では、現役のFBI捜査官でした。なんと現役のFBI捜査官が、FBIの捜査官を主人公にした小説を書いたわけですね。これはまあ、新人としては正しい手法でしょう。自分がよく知っている世界を舞台にして書け、というのは、「小説の書き方」系の本にはよく書いてあることですから。とはいっても、わたしのように業務用のアプリケーションを作るような仕事をしている人間は、自分の知っている世界を小説にしても、ちっとも面白くないんですねこれが。なにしろ動きが全然ない。一日中パソコンの前に座ってなにかしてるか、お客さんと打ち合わせしてるか、居眠りしてるかですから(笑)  
 それにくらべて、FBIの捜査官です。しかも現職です。話題にならないわけがない。もっとも、単なる暴露本のような内容だったら、過去にも色々とあったでしょうし、時の話題をさらうぐらいのことは簡単でしょうが。この人の場合すごいのは、完璧といっていいぐらいきっちりと小説になっている、ということ。だから、二冊目三冊目も売れるんでしょうね。  
 残念ながらというか、当然ながらというか、一作目を発表したあとに、FBIは退職しているようですが。  
 毎回毎回(ったって、まだ三冊目ですが)楽しみなのが、FBIがいかにして犯人を追いつめて行くか、という部分。なにしろ本物です。もちろん、多少の脚色やら省略はあるでしょうが、臨場感はたっぷりあります。噂では、あまりにリアルで、FBIの捜査方法が世間に知れてしまってまずい、と問題になったとかならないとか。それに加えて、犯人側の手口も細かく書いてあったりして、それが犯罪者の手引きになるんじゃないか、という問題もあったとかなかったとか。  
 一番信憑性があるのが、内部批判ですか。主人公に上層部の無能ぶりを暴露させたために、国家機密を漏洩したかどでFBIをくびになったのだ、という噂が、あるかどうかは知りませんが(笑)  
 内容はまあ、基本的にはそれほど難しくありません。もっともらしい自分勝手な理屈をつけて、ウィルスだの毒だの爆薬だのを使って大量殺戮をもくろむ凶悪犯を追う、というまあ最近ではあまり珍しいとはいえない内容ですが、そこはそれ、犯人とFBIとの知恵比べ的なところが、リアルな描写で展開するところはさすがです。  
 ちょっと不満があるとすれば、主人公がすごすぎるというか、たぶんホントのFBIの捜査って、こうじゃないんだろうな、と思ってしまう部分がある、ということでしょうか。なんか、前半と言ってることが違ってるみたいですが(笑)  
 おそらく、本当の捜査というのは、もっとチームワークを使ったものだと思うのですが、この作品はどちらかというと主人公ひとり、あるいはそのまわりの数人の考えだけで捜査が進んで行く感じです。そういう意味では、主人公がちょっとスーパーすぎるような気がしないでもありません。たぶん、FBIの仕事の内容も、まんまリアルに描いたら小説にはなりにくいのでしょうね。SEよりはましでしょうが。  
 笑っちゃいけないんでしょうが、笑っちゃったところがひとつ。犯人がサリンを使おうとするところがあるんですね。そう、あのサリンです。本書の中でも日本のサリン事件のことに少し触れているのですが、その描写は「日本のテログループが」となっているんですね。宗教団体じゃないわけだ(笑)  
 あと、気になったところがひとつ。というか、これは作者本人のせいではありませんし、最近の小説にはよくあることなんですが。数字の表記が「二五万ドル」となっていること。あるいは「四五分後」とか「一一日」などと書いてある部分もある。これ、横書きで読んだら絶対変です。なぜ「十一日」と書かないんでしょう。「五○○○ドル」と表記してある部分もあって、だったら「二五○○○○ドル」と表記しろよ、と思ってしまいます。  
 それはそれとして、充分おすすめです。未読の方は一巻目からぜひどうぞ。  


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