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[ 小説の感想文のようなモノ ]
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小説「暗いところで待ち合わせ」
乙一著(幻冬舎文庫)
全国書店ネットワーク e-hon

2002.08.05

 いつか必ず書こうと思っていた乙一の作品を、やっと紹介することができます。ちなみに乙一は「おついち」と読むのだそうです。なんでも、以前自分が乗っていたZ1というバイクから取ったのだそうですが、巷では「乙」が苗字で「一」が名前なのか、乙一でひとつの名前なのか、謎が謎を呼んでいるようです。  
 さて、いつか必ず書こうと思っていたのになぜなかなか書けなかったかというと、まずこの「小説の感想文」の約束として、基本的に新作長編を取り上げるというのがありまして。まあ約束ったって自分で決めただけのことですから、破ったってかまわないわけですし、現に既に何度か破ってるんですが。それ以前に乙一を紹介するのが難しかった理由に、なかなか新作が出ない、というのがあったんです。なんでもつい最近まで大学生だったらしくて。学業を優先していたから小説の方はなかなか出せなかった、と。  
 なんでわたしが気に入る作家というのは、こうも寡作な人が多いんでしょう。ちょっと不安なのは、作品が増えることによって質が落ちたりしないよな、ということ。まあ、それは今後を楽しみにする、ということになるでしょう。あんまり心配はしてないんですが。  
 実はこの「暗いところで待ち合わせ」が出版されたのは、三月だか四月だかのことで、そのあとにすでに「GOTH」という作品が出ているんです。ということは、新作を紹介するという基本方針に則れば「GOTH」の方を紹介するのが本筋なんでしょうが、今回はこちらを紹介させていただきます。  
 なぜかというと、「GOTH」の方は短編連作の形だ、ということと、人によっては受け入れにくいかもしれない、と思ったからです。というのも、「GOTH」の主人公は、人が死ぬことを何とも思わない、どちらかというと他人の死、それも殺人に興味を持っている高校生なんです。主人公自身もそれを自覚していて、そんな自分が他人とは違うのだ、ということも認識していますが、身近で起きている連続殺人事件の犯人につながる証拠を手に入れても、警察に届けるでもなく犯人を問い詰めるでもなく、ただその行為に興味を持っているだけ、という設定なので、人によっては受け入れにくいでしょう。  
 この乙一という人、切なさの達人という異名をもっているようで、たしかにどの作品を読んでも、ラストにはどこか切ない思いをいだかせてくれます。ただ、それ以前にこの人、基本はホラーの人なんですね。したがって、ラストで切なくなるまでは、基本的に怖かったり気持ち悪かったりするんです。ホラー系の人ではないようなので、描写がどぎついということはないのですが、文章がうまいだけに、怖さや気持ち悪さが読者に的確に伝わってきます。もちろん、それがあるからラストのほろっとさせられる分部も生きてくるのでしょうが。なにしろこの作家、うまいんです。読ませるのが非常にうまい。  
 デビュー作の「夏と花火と私の死体」なんて、主人公は最初に死んでしまいます。死んでしまうのに、物語は主人公の一人称で進むんです。だからといって、幽霊が主人公というわけではありません。基本的に三人称の立場に則った一人称と言えばいいんでしょうか。このすごさは、読んでみないとわからないかもしれません。とにかく、小説のセオリーをわかった上で、わざとそこから外れた書き方をしたに違いない、とわからせるだけの力があります。それを高校生の時に書いたというのがすごい。  
 さて、そろそろ「暗いところで待ち合わせ」の紹介をしなくちゃいけませんね(笑)  
 作者の言葉をそのまま引用させてもらうと、  
「警察に追われている男が目の見えない女性の家にだまって勝手に隠れ潜んでしまう」という内容なのだそうです。たしかに、基本はそれだけ。それ以上でもそれ以下でもありません。目の見えない女性の方は、家の中に他人がいる気配に気づきますが、下手な行動を起こして危険な目にあうよりは、と気づいていないフリを続けます。  
 このあたりの設定、かなり面白そうでしょ。おもしろいんです。  
 展開は、はっきりいって読者の予想通りです。ある程度小説を読みなれている人ならば展開を予想することは難しくないでしょう。それでも、この先どうなるんだろう、と思わせる部分や、ここでそれが出てくるのか、と思わせるうまい伏線も張ってあって、ラストまでほぼ一気に読むことができてしまいます。  
 出版数がかなり少ないようで、わたしは出ているのに気がついてから書店をいくつも回ったんですが、十軒近くまわってやっと一冊見つけられました。と思ったら、今日とある書店で大量に平積みされているのを見つけて、衝撃を受けたんですが。  
 お薦めの一冊!  


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