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[ 小説のようなモノ ]
「間違い電話(初稿)」の解説
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 最近はあまりなくなったが、以前、わたしの部屋の電話の留守番電話には、しょっちゅう間違い電話のメッセージが入っていた。  
 わたしの部屋の留守番電話の応答メッセージは、電話機にあらかじめ内臓されているものではない。ちゃんとわたしの声で、最初にこちらの名前を名乗ったあと、不在を告げるという、きちんとしたものだ。ただ最後に、「伝言は、留守番ゴジラが承ります」と言ったあと、ゴジラの鳴き声が入っているという、知る人ぞ知るおかしなものに、なってはいるのだが。  
 他にも、モスラの幼虫バージョンやキングギドラバージョン、次元大介や銭形警部のバージョンもある。「モロボシダンが、変身した後に承ります」というバージョンもある。それらを、気が向いたときに入れ替えている。  
 だから、それを知らない人間が電話をかけて来たら、おそらく「変な奴」と思うだろう。わたしのことを知っている人間ならば、「らしい、らしい」と笑ってくれる。しばらく同じものを使い続けていると、「そろそろ変えろ」と注文してくる奴もいる。  
 以前、書店に本を注文したとき、数日後に、入荷の知らせが留守番電話に入っていた。そのあとに、無言電話がふたつほど残っていた。なんだろう、とは思ったが、その時はあまり気にもしなかった。翌日書店に本を取りに行くと、二人いた店員が二人ともクスクス笑っていて、謎がとけた。  
 おまえらが、ゴジラがおもしろくて何度もかけたのかい!  
 いや、あのときはモロボシダンだったか?  
 とにかく、比較的印象に残りやすい応答メッセージだし、まじめなものでないのも確かだ。だから、かけた相手にも、こちらがまじめでないことは、わかりそうなものだと思うのだが、どうも世の中はそう甘くないらしい。  
 かつて、一番多かった間違い電話が、どこかのアパートかマンションの、管理人への電話だった。  
 「三号室のなんとかですが、お風呂のガスの修理はどうなってるんでしょうか?」  
 とか、  
 「なんとかと申しますが、先日はありがとうございました。今日の午後、布団屋さんが行きますので、鍵を開けてあげてください」  
 とかいうものだった。これにはわたしも困ったが、店子も大家も困ったに違いない。店子は店子で電話した、といい、大家は大家で受けてない、というだろう。それにしても、ゴジラが鳴くような留守番電話の応答を、まともな大家が用意するだろうか? 少し考えれば、変だと思うはずだ。しかも、わたしは応答メッセージの最初に、ちゃんとこちらの名前を名乗っているのだ。その大家とわたしの名前が、同じということは考えられないから、みんなおそらく、ちゃんと聞いてなどいないのだろう。  
 それを証明する間違いもあった。  
 かけてきた相手が残したメッセージの最初に「コイケさんですか?」と入っていたのである。  
 コイケさんでないことは、応答メッセージの最初でちゃんと断っている。わたしは、四畳半のアパートに住んでいるわけでもなければ、アフロヘアでもない。インスタントラーメンはよく食べるが。  
 一時期、かなり頻繁にかかって来ていたこの間違い電話だが、留守番電話に入っているのでは、どうにも手の打ちようがない。  
 わたしは、その後もしばらく、コイケさんへのメッセージを受け取り続け、そのたびに、絶対に違うとは思いながらも、四畳半のアパートで、アフロヘアのおっさんがインスタントラーメンをすすっているイメージを思い浮かべていた。  
 だが、その間違い電話も、やがてなくなった。  
 おそらくあれが最後だったろう、と思われる電話は、不動産屋からのものだった。折り返し電話をもらいたい、というメッセージの後に、電話番号が残されていたのだ。わたしはさっそくその番号に電話し、まず相手に間違い電話であったことを伝えた。そのあとに、間違いが多いようなので、コイケさんに注意するよう伝えてほしい、と付け加えた。それ以来、コイケさんへのメッセージは受け取っていない。  
 ところがここ数日の間に、立て続けに二回、間違い電話があった。これは、コイケさんにあてたものではなかった。  
 それが、この作品の元になった。  
 一回目の電話は、ほとんどそのまま、  
 「ごめんね、今日行かれなくなっちゃった」  
 というものだった。聞き方によっては、泣きそうな感じにも聞き取れる声だったが、おそらく、留守番電話に緊張していたのだろう。悲しげな声、という感じはしなかった。ただ、最初に相手の名前を「なんとかちゃん」と呼んでいたし、最後に、「じゃあね」という言葉もなかった。  
 この間違い電話を聞いたときは、なんとかしてこの子に間違いを教えてあげることはできないか、としばらく悩んだものだった。もちろん、そんなことができるはずはなく、残念ながら、そのままになってしまった。  
 それが、二、三日前に、二回目の間違い電話が残されていたのだ。  
 これは、本文のものとは少し違って、  
 「今から行くからね」  
 という明るい声のものだった。わたしは、ほっとしながらも、頭の中で変な想像をした。  
 それをそのまま書いたのが、この作品になっている。  
 何も考えずに書き上げたので、これから改定されていくことになるのは間違いない。どうせなら、初版から順に人目にさらしてしまおう、と思った次第。  
 


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