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[ 小説のようなモノ ]
ヒッチハイク
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 気がついたらあたりが暗くなっていた。いつのまにこんなに暗くなったんだろう。そんなに長いあいだ道に迷っていたつもりはないんだけどなぁ。山は日が暮れるのが早いって聞いたことがあるけど、あれってホントだったんだ。  
 暗い山道をひとりで歩いていると、なんだか泣きたくなってくる。なんであたしがこんな目にあわなきゃいけないんだろう。  
 久しぶりに健二が「ドライブに行こう」なんていってくれたから、めいっぱいおしゃれして、一番お気に入りのワンピースを着てきたのに、それも泥で汚れちゃったし。パンプスはやっぱり山道には向いてないし。歩きにくくて、なんだか自分の足が思うように動いてないような気がしてくる。  
 だいたい、みんな健二の奴が悪いんだ。まともな稼ぎもないくせに。あたしに養ってもらってるようなもんなのに。友達から借りてきた車で偉そうに「ドライブに連れてってやるよ」なんていって。喜んでついてきたあたしも悪いんだけどさ。やっぱりドライブなんか来なきゃよかった。  
 足は痛いし、疲れたし。なんだか喉も痛いような気がする。風邪でもひいちゃったかな。夏とはいっても、山の夜は冷え込むっていうからなぁ。まだそんなに遅い時間だとは思えないんだけど、体が冷えちゃったのかな。だいたい、今何時ごろなんだろう。どこかにぶつけたらしくって、時計が壊れちゃってるからわからない。くやしいなぁ。この時計、お気に入りだったのに。そうか、この時計、去年の誕生日に健二が買ってくれたんだ。  
 「俺、稼ぎが悪いから、あんまりいいやつじゃねぇけど」  
 なんていって、照れながら渡してくれたんだっけ。あの頃は良かったなぁ。安物の時計でも、狭いアパートでも、健二と一緒だったら楽しかったのに。いつのまにこんなことになっちゃったんだろう。みんな健二が悪いんだ。  
 それにしても、ホントにこっちでいいのかなぁ。どんどん山の中に入って行ってたらどうしよう。お腹すいたしなぁ。  
 あれ? 今ひかりが見えた? 今の絶対なんかの明かりだよね。車のライトだったような気がする。むこうに道路があるのかな。ありそうな気がする。やっぱりこっちであってたんだ。あたしってやっぱり勘いいし。  
 でも、勘がいいのも考えものかな。  
 そのせいで、健二に他に女がいることに気がついちゃったわけだし。気がつかなかったら、楽しいままでいられたのかなぁ。だまされたままでいてあげてもよかったのかなぁ。でもあたしって気が強いから。自分でもわかってるんだ、気が強いこと。だから、だまされてることに気がついたら、そのままじゃいられなかった。だからって、なにもこんな山の中で喧嘩するんじゃなかったなぁ。健二も健二だよな。こんな所に置き去りにすることないじゃん。健二のやつもひどいよな。  
 あ、もしかしたら。  
 あそこでじっと待ってたら、ちゃんと戻って来てくれたのかも。あたしが馬鹿で、歩いて山を下りようなんて思っちゃったのがいけなかったのかも。今ごろ健二もあたしのこと探してるのかも。心配してるかもしれない。心配しろぉ。おもいっきり心配しろぉ。それで、やっぱりあたしが必要だってことを思い出せぇ。  
 きっとまた、  
 「やっぱりおまえがいないとだめなんだよ」 とかいって泣くんだ。男のくせにすぐ泣くんだ健二は。あたしがいないとなんにもできないくせに、他に女なんか作って。ほんっとに馬鹿なやつ。そのくせ怒りっぽくて、女のあたしをこんな山の中に平気で置き去りにして。心配しろ、心配しろ。思いっきり心配しろぉ。  
 でも、あたしの顔見ると、  
 「どこ行ってたんだ、この馬鹿アマ」  
 とかいって怒鳴るんだよ。偉そうにさ。  
 「心配させんじゃねぇよ」  
 とかいいながら、もしかしたらひっぱたかれるかもしれない。すぐ暴力振るうからな、健二は。あんな男のどこがいいんだろう? なんであんな男がもてるのかなぁ。あんな男に惚れる女なんて、あたしぐらいしかいないと思ってたのになぁ。他に女作るなんて、思ってなかったな。もっとちゃんと気をつけておけばよかった。  
 ほら、ちゃんと車が通る道に出た。あたしってやっぱりすごいじゃん。でも、どっちに行けばいいんだろう。こっちはトンネルがあって、なんだか恐いなぁ。こんなトンネル、歩いて通るのイヤだなぁ。こういうトンネルはきっとあれだよ。幽霊が出る、なんて噂があったりするんだ。そんなトンネル、歩いて通りたくないからなぁ。反対に行ってみよう。うん。たぶんこっちで正解なんだよ。あたしがあっちに行きたくないってことは、あっちは間違いなんだ。だってあたしは勘がいいから。それで、車が来たら乗せてもらおう。ヒッチハイクなんてしたことないけど、ちょっといいじゃん。かっこいい男の子が運転してる車がいいなぁ。そんな贅沢いってる場合じゃないのはわかってるけどさ。生まれて初めてのヒッチハイクなんだから、記念になるほうがいいよね。そのぐらい、全然贅沢じゃないよね。それで、もしかしたらその男の子と気があっちゃったりして。健二よりもいい男かもしれないし。  
 でも、健二もきっと心配してるだろうから、そんなこと考えちゃいけないかな。ちょっと考えただけだからいいよね。あたしはちょっと考えるだけだけど、健二なんて、ホントに他の女にちょっかい出すし。それにくらべたらどうってことないよね。  
 そうだよ。健二なんて、あたしが稼いだお金で他の女とホテル行ったりしてたんだし。問い詰めたらあっさり白状したもんね。やっぱり最低野郎だな。帰ったら絞め殺してやる。なんてね。あたしがそんなことできるはずないのは、あたし自身が一番知ってるさ。あたしには健二を殺すことなんてできない。だって、あたしは健二を愛してるんだから。なにがあっても、健二を愛してるんだから。  
 あ、車が来た。  
 止まって。止まってよ。  
 ちょっと、なにさ。かわいそうな女の子が困ってるんだから、止まってくれたっていいじゃん。なんで無視するのさ。でも、今のきったないトラックだったしな。運転してたのも変なおやじだったし。あんな車に乗ったら、変なところに連れていかれて犯されちゃってたかもしれない。そうだよ。そんなことにならなくてラッキーだったんだよ。今の車は止まってくれなくて正解。あたしにだって選ぶ権利はあるんだしね。確かに困ってるけど、まだそこまでおちぶれちゃいないもんね。次の車に期待しよ。  
 でも疲れたなぁ。足が痛いなぁ。歩きづらいし。もうイヤんなっちゃったよ。なんであたしがこんな目にあうのかなぁ。みんな健二が悪いんだ。怒鳴ったあたしも悪かったと思うけどさ。他に女作ったのは健二なんだから、怒鳴られたってしかたないじゃん。今までずっとあたしが食べさせてきたのに。おこづかいだってあげて、不自由させてなかったのに。それとも、おこづかいあげすぎたのかなぁ。使えるお金がたくさんあったから、他の女と遊んじゃったのかなぁ。でも、お金のことで健二に不自由させたくなかったしなぁ。  
 あ、また車が来た。止まって。止まってよ。どうして気がついてくれないの? まわりが暗いからかなぁ。あたしって、そんなに目立たないのかなぁ。それにしても、みんな薄情だよね。それとも、こんな場所を女の子がひとりで歩いてるなんて、誰も思わないのかなぁ。気がついてても、みんな無視してたりして。幽霊だと思われてたりして。なんだか笑っちゃう。幽霊が足痛かったり喉が痛かったりするわけないじゃん。そのぐらい、みんな気がつけよ。  
 あ、また車だ。結構車通るじゃん。  
 ラッキー。止まってくれた。ありがと。サンキュ。感謝しちゃう。やっと座れたよ。ずっと歩いてたから疲れちゃった。  
 後ろのシートでちょっと狭いけど、文句はいわないよ。前は二人座ってて、あいてないもんね。乗せてもらえれば全然オッケーさ。しかもふたりとも、結構いい感じじゃん。好みだよ、あたしの。健二よりよっぽど。  
 なに? なんでいつまでもこっち見てるの? あたしの顔になんかついてる? あ、ずっと山の中を歩いて来たから汚れてるのかなぁ。えへへ。美人がだいなし?  
 「どうした?」  
 どうしたって? なにが?  
 「今そこに、女が立ってなかったか?」  
 立ってたじゃん。今はもう、ちゃんとここに座ってるけどさ。どうしたの? 早く行こうよ。  
 「よせよおい。女なんかいないじゃないか」  
 いるじゃんここに。ちゃんと座ってるじゃん。ふたりとも、どこ見てるのさ。なんで車の後ろみてるの?  
 「そういえば、このあたりじゃなかったっけ。ニュースでやってたの」  
 「風俗嬢のヒモが、女殺して埋めたってやつ?」  
 ちょっとあんたたちなにいってんのさ。馬鹿なこと言わないでよ。たしかにあたしは風俗で働いてたし、健二はろくに仕事してなかったけど、あいつはべつにあたしのヒモなんかじゃなかったよ。だいたい、あたしはまだ死んでないじゃん。ここにいるじゃん。なに勝手なこといってんのさ。ふざけんじゃないよ。人のこと死んでるみたいに言うなよ。  
 おまえらなんか死んじゃえ!  


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