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[ エッセイのようなモノ ]
質問と解答のサンバ(前編)

1998.04.15

 あまり誉められたことではないと思うが、すでに過ぎてしまったことだからと開き直って、少し仕事の愚痴を言う。愚痴というよりも文句かもしれない。他人のそういうものを聞いたり読んだりするのがイヤな人は、この「エッセイのようなモノ」なんぞ最初っから読まないだろうから、みなさん心ゆくまで楽しんで読んでほしい。  
 さて、今年三月の末まで、わたしは、ある企業が行ったホームページ用スペース無料レンタルサービスの技術サポートの仕事をやっていた。わかりにくいかもしれない。順を追って説明しよう。  
 ある企業があるサービスを行っていると思っていただきたい。サービスとはいっても、有料である。そういう意味では本当はサービスではないのだが。まあ、通信関係のあるシステムと思っていただければ結構。で、その企業の関連会社にリース会社があって、その通信関係のシステムを使用している人が、そのリース会社の発行しているカードを使って支払いをしている場合に限り、ホームページ用のサーバースペースを無料でレンタルします、というサービスなのである。よけいわかりにくい? ひらたくいうと、すでに金を払ってくれている客にだけ、ホームページエリアを少しだけ使わせてあげるよ、というサービス。  
 この内容で、どこのどういうサービスなのかわかってしまう人もいるだろうが、そういう時にもわからないようなフリをするのが、こういう場合の礼儀であることは、ご存知のとおりである。  
 で、ただ無条件に「はい、使っていいよ」というわけには行かないので、会員管理のシステムやら、そのシステム用のホームページやらを作った。その、作る作業にわたしも参加した。企画や設計には参加していなかったし、わたしが入ったときには、すでにプログラムは完成していて、わたしの仕事は簡単なテストだけのはずだった。ところが、完成しているはずのプログラムはほとんど動かず、動いていても正しい動きはしていない。ということで、当初の話しとはまったく違い、わたしはプログラムを直し、足りないところを作り、テストをし、本番オープンにこぎつけた。もちろん、わたしひとりでその仕事をしたわけではない。何人もの人が苦労を共にした。  
 通常、わたしの仕事はここまでである。あとは、そのシステムのバージョンアップとか、不具合の修正とか、そういった場合に続きがあるぐらいで、すぐに次の仕事に移ってしまう。まあ、大工さんが家を建てているようなものだと思っていただきたい。家が建ってしまえば、大工さんにはもう用はないはずである。せいぜい、扉がかしいでいて開け閉めがしづらいとか、洗面所が注文したものと違っているとか、そういう場合に呼ばれるぐらいだろう。そういう時でも、場合によっては、別の大工さんが呼ばれることもあるかもしれない。どっちにしろ、大工さんは、建ってしまった一軒の家に、いつまでも関わっているわけにはいかないのだ。普通は次の家を建てに行く。  
 ところが、この仕事の場合は続きがあった。  
 一般のお客さまからの質問が来るだろうから、そのサポートをしてほしい、というのである。  
 もちろん、ユーザーサポートセンターのようなものは用意される。何台かの電話を設置して、美人の(だと思う)オペレーターのお姉さんが質問に答えてくれるあれである。ホームページ関連のサービスに関する質問だから、当然メールでも受け付ける。しかし、(たぶん)美人のお姉さんたちも、難しいことはわからない。そういう場合に備えてもらいたい、というのである。  
 そうはいっても、来るか来ないかわからない質問のために、技術者を何人も待機させておくわけにはいかない。一応「技術サポートセンター」という偉そうな名前をつけ、専属の担当者をひとり用意したが、難しいことはわからないという点では、ユーザーサポートセンターの美人(だったらいいな)のお姉さんに劣るとも勝らないような人物だったので、そのサポートということで、わたしと上司が次の仕事をしつつ、質問への対応もする、という仕事になった。なにしろ、そのシステムを作った張本人たちである。基本的に、答えられないことはない、はずなのだ。まあいってみれば「技術サポートセンター」のサポートというわけのわからない仕事である。作業場所も別の仕事をしながら、ということになるので、残念ながら、美人(推定)のお姉さんたちが電話を受ける場所とはまったく違うところに、専用の電話を引いて、いざスタートである。  
 この「技術サポートセンター」へ質問が回ってくるパターンは三つある。  
 ひとつめは、ユーザーサポートセンターにメールで届けられた質問で、美人(を希望)のお姉さんたちの手におえないものを転送してくる、というパターン。これは、日に一回、まとめて転送して来ることになっていた。それを、その日のうちに解答する、というものである。場合によってはその日のうちに解答できないこともあるが、そういう場合でも、何らかの返事は出さなければならない。まあ、通常は「調査中です」かなんかで済む。  
 二つめは、ユーザーサポートセンターの美人(じゃないなんてことはないと思う)のお姉さんが電話で受け付けた質問で、手におえないものを転送してくる、というパターン。これは、いつかかって来るかはもちろんわからないが、美人(だったのかなぁ)のお姉さんと会話がかわせるという余録がある。もちろん、お客さまからの電話を保留にしたままなので、世間話をしている暇はない。ほとんど事務的な会話のみで、このわたしがギャグを言う暇もないのである。まあ、場合によっては、お客さまからの電話はすでに切れていて、美人(まだやるか?)のお姉さんが、確認のために電話をしてくるとか、そういう場合もあったが、基本的には、直接お客さまと会話を交わす。  
 最後に、お客さまが直接「技術サポートセンター」の専用電話に電話をかけてくる場合。これも、あたりまえのことだが、お客さまと直接会話を交わす。  
 じつをいうと、あとの二つ、「直接会話を交わす」というやつには、ほとんど問題はなかった。会話のニュアンスで、相手がちゃんと理解できているのかどうかはわかるし、双方がその場でパソコンを使いつつ、確認を取りながら話しを進めることができるのだから。問題は、メールで来た場合。  
 やっと今回の本題である。  
 ユーザーサポートセンターからは、お客さまから届いたメールを、ほぼそのままこちらに転送してくる。前後に申し渡しのような文章を差し込むだけで、本文はお客さまからのメールのままである。これがまた、なんというか、非常に、すごいものが多い。  
 原文をそのままここに紹介できないのが残念なぐらい、感動的なものが多いのである。  
 「こいつ、ひょっとして喧嘩売ってるのか?」と疑いたくなるものもあり、「日本語の勉強を始めたばかりの外国の方ですか?」と思いたくなるものもあり、「おいおい、俺はおまえの友達じゃねぇよ」と思ってしまうものもある。  
 もちろん、すべてがそんなものばかりということはない。非常に申し訳なさそうに、自分の知識が至らないことをあやまり、初歩的な質問であることをあやまり、こちらが忙しいだろうに手を煩わせてしまうことをあやまり倒している人もいる。そいう場合には、こちらとしても懇切丁寧に解答して差し上げる。誰でも最初は初心者だと前置きし、まず質問内容を確認し、できる限り詳しく説明する。万が一質問内容が不明瞭で、何通りかの内容に取れてしまうような場合は、考え得る限りのパターンに対して、「こういう場合ならこうです」と、ひとつひとつ説明をくわえる。そして最後に、わからないことがあったらいつでも質問してください、と締めくくる。「こちらの説明がいたらないため、解答がわかりにくいようならば、お手数ですがもう少し詳しい状況を添えて、再度質問していただけますでしょうか?」と書き添えたこともあった。結果、わたしが書いた解答は長くなった。  
 そういう人は、二度目に質問して来るときにも、相変わらず申し訳なさそうに質問してくる。あるいは、前回の解答のおかげで少し先に進めたけれども、次の段階でまたつまづいてしまった、という人もいる。その場合はちゃんと「前回の解答のおかげで」といった意味の言葉が添えてある。人によっては、「うまくいきました。ありがとうございました」という内容だけのお礼のメールを送ってきてくれる場合もある。ありがたいことである。そうい人には、こちらも誠心誠意応えたくなる。ホームページを見て、感想を書いてあげたり、タグがおかしいところを教えてあげたりもした。  
 ところが、悲しいことに、そういう人は少数なのである。  
 一番多いのが、必要最低限のことしか書いていない人。  
 「ホームページの転送ができません。なにが悪いのでしょうか?」  
 いや、何が悪いと聞かれても、どうおかしいのか教えてもらえないと、解答できないんですけどね。それでも「技術サポートセンター」サポートの美男子(じゃないと思う)のお兄さん(じゃないと思う、すでに)は、考え得る限りの「転送ができない理由」を書き連ねる。隙を見せて突っ込まれたくないので、ほんの小さなことまで、おそらくはまずありえないだろう、と思うようなパターンまで書く。間違っても、「お客さまの質問内容では、解答しかねます」なんぞとは書かない。せいぜい最後に、「詳細がわかりませんでしたので、的確な解答ができませんでした。考えられるパターンはすべてあげたつもりですが、念のため再度詳しい状況をお教えいただけますでしょうか? 長くなって申し訳ありませんでした」といやみったらしく書くぐらいである。結局、先の例よりも、解答はずっと長くなる。  
 こういった人の場合、二度目に質問して来ることはほとんどない。その人のホームページを確認してみると、いつの間にかちゃんとできている。こちらからの解答の結果なのか、自分で努力した結果なのかはわからない。場合によっては、二度目の質問も来るが、そういう場合、前回の質問はすでに解決済みのこととして、話題にも登らない。またいきなり、「カウンターの表示ができません。何が悪いのでしょうか?」だけである。  
 ここで再び「技術サポートセンター」サポートの美男子(のはずがない)のお兄さん(のわけがない)は・・・・以下繰り返し。  
 喧嘩腰の人もいる。  
 「ホームページの転送ができない。なにがなんだかさっぱりわからない」  
 いや、もしかしたら、喧嘩を売っているつもりはないのかもしれない。しかし、こういうメールをいきなりもらっても、なにがなんだかさっぱりわからないのは、こっちである。いきなり酔っ払いに絡まれたような気になってくる。  
 だがしかし、「技術サポートセンター」サポートの美男子(じゃないぞ絶対)のお兄さん(まだいうか!)は、腹は立てるが、仕事はする。  
 まず、当然、考え得る限りのパターンをすべて書き連ねる。他のどんな場合よりも細かく、重箱の隅をつついたうえに、重箱そのものをばらすようなことまでして、懇切丁寧に説明する。言葉も選ぶ。はっきりいって無礼なほどに丁寧な解答にする。  
 前置きも長くなる。「お客さまがホームページを転送しようとなさっている環境がわかりかねますので、的確な解答はできかねますが、もしお客さまがご使用になっているパソコンでWindows95が動作しており、ご使用のブラウザがインターネット・エクスプローラーのバージョン3.Xで、かつ・・・」  
 腹が立っているだけに、キーボードの上を踊る指の動きもスムーズになる。指先だけは、ジャッキー・チェンのアクションを見ているように動く。もちろん、それだけNG(タイプミス)も多くなるが、こちとら伊達や酔狂でブラインドタッチの練習はしていない。メモを取るときだって、ペンと紙よりキーボードに打ち込む方が早いのである。バックスペースやデリートキーを押すのも、頭で考えるより先に指が動く。  
 バリエーションに富んだ単語もすらすら出て来る。伊達に「小説のようなモノの書き方」のページを作ってはいない。同じ内容を、言葉を変えて何度も、くどいほど繰り返すのはお手の物だ。  
 これだけ書いてわからないようなら、もうあきらめた方がいいと思うよ、と思うほどくどく説明する。それでもわからなくて、もう一度質問してきてみろ、もっとくどく説明してやるから、と思いながらも、指先では「つたない文章のため、非常にわかりにくい説明になってしまいましたが、ご理解いただけましたでしょうか? これに懲りず、今後とも当システムをご利用いただきますよう、よろしくお願い申し上げます」なんぞと打ち込んでいる。結果、どの場合よりも解答は長くなる。  
 こういった人の場合、二度目のメールは二通りに別れる。  
 前回同様喧嘩腰の場合と、怒りが収まったのか、腰が低くなる場合とだ。腰が低くなる場合には、ちゃんと「丁寧な解答ありがとうございました」かなんか書いてある。書いてあるが、こちらは前回のメールも残してあるので、「ほほう。こっちと同じ手で来たか」と思ってしまう場合もある。ただ、そういう場合はめったにない。相手の腰が低くなれば、最初に紹介したパターンと同じになるので、こちらも丁寧になる。  
 ただ、二度目のメールも喧嘩腰の場合、これはもう、喧嘩腰なのではなく、そういう文章しか書けないのだろう、とかわいそうになり、これも結局丁寧になる。  
 
 この話題、まだ続きそうだが、長くなったので次回に続く。って、タイトル見れば最初っからわかるか(笑)  


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