名前をつける

出典: 小説のようなモノの書き方

小説(のようなモノ)を書く場合の楽しみのひとつに、登場人物に好きな名前をつけることができる、というのがあります。登場人物に限らず、作品そのものの名前も大切です。いい加減な名前をつけちゃうと、後で後悔しますよ。


作品の名前

いくら「のようなモノ」とはいえ、仮にも小説の体裁を持っているものを書こうというのですから、タイトルがついていないとさまになりません。というよりも、中味が多少小説っぽくなくても、もっともらしいタイトルをつけるだけで、なんとなく「小説を書いたぞ」という気分になってくるものなんです。

で、タイトルのつけかたですが・・・・

基本的には、ルールはありません。

書店にいって、小説の置いてある棚を見ればわかると思いますが、ありとあらゆるタイトルがあふれています。別に小説でなくても、映画やマンガのタイトルだって、参考になります。

ただ、ルールはありませんが、気をつけなければいけないことはあります。

まず、あまり奇をてらったタイトルはつけないこと。これはもちろん、「基本的にルールはない」というルールに従えば、奇をてらおうがどうしようが、かまわないのですが、なにしろ「のようなモノ」です。下手をすると、見た目も内容も小説らしくないかもしれません。<A HREF="howto.cgi?TYPE=Y&NO=02-000">「見た目を小説っぽくする」</A>や<A HREF="howto.cgi?TYPE=Y&NO=04-000">「内容を小説っぽくする」</A>を読んで、それをきちんと実践しているからといって、ちゃんと小説っぽく見えるかどうかは、わたしには責任は負えません。なんせ、わたしも素人ですから。

内容に絶対の自信があるのなら別ですが、そうでない場合は、素人は自分の作品には、できるだけ小説っぽいタイトルをつけることをお勧めします。そうしないと、見た目も内容も小説っぽくないうえに、タイトルまで小説っぽくなくなって、書いた本人がいくら「これは小説だ」と主張しても、読んだ人が小説とは認めてくれなくなります。まあ、天才というのはいつの時代でも受け入れてもらえないものだ、と開き直ってしまう手もありますが、どうせ書くなら小説として認めてもらいたいじゃありませんか。

では、小説っぽいタイトルというのはどういうものか、というと、これがまた難しい。はっきりいって、一口では説明できません。ただ、逆に小説らしくないタイトルというのは、比較的簡単に説明することができます。

たとえば、


  • UNIXコマンドポケットリファレンス
  • システム手帳のリフィル術
  • 姓氏苗字辞典
  • 気には無限の力がある!
  • タロット占い入門
  • 室内トレーニング
  • 小説のようなモノの書き方


とりあえず、わたしの部屋の本棚にある、目についた本の中で、小説でない本のタイトルをあげてみました。あ、最後のひとつはまだ本になってませんし、その予定もありません。

見た瞬間に、明らかに小説ではないことがおわかりいただけると思います。

プロが書いた作品の中には、小説なのか、そうでないのかがわかりにくいタイトルの作品もあります。

たとえば、


  • あなたも人が殺せる
  • 西洋骨牌探偵術


これはどちらも小説のタイトルですが、先にあげたグループの中に入れたら、小説のタイトルには見えないでしょう。ちなみに、この二つの本は、わたしが好きな作家、都筑道夫の作品のタイトルです。「骨牌」は「カルタ」と読みます。「西洋骨牌」というのは、一般に「タロットカード」と呼ばれているカードのことですが、英語の発音としては「タロウカード」と呼んだ方が正しいそうです。

それはさておき、ド素人が自分の作品にタイトルをつける場合は、「正しい電話のかけかた」とか「人前であがらない方法」などというタイトルにするよりは、もっと小説らしくした方が良いでしょう。

でも、「正しい電話のかけかた」なんてぇタイトルの小説も、読みたい気はしますが。

たとえば書いた作品を、どこかの新人賞かなにかに送る場合には、本来集まって来る作品はすべて小説のはずですから、その中に「正しい電話のかけかた」というタイトルの作品が混じっていたとしても、とりあえず選考担当者は小説として読んでくれるはずです。その場合には、見た目も内容もちゃんと小説になっていれば、それはそれで読者の目を引く良いタイトルということになって、長所としてみてもらえますが、見た目も内容も小説になっていないうえに、タイトルまで小説っぽくなかったとしたら、たぶんまったく相手にしてもらえないでしょう。

まあ、ド素人の場合は、できるだけ小説っぽいタイトルをつけておいたほうが、無難は無難でしょう。

では実際に、どんなタイトルがいいか、という問題ですが、これははっきりいって、ひとそれぞれ好みがあるでしょうし、作品の内容やジャンルにもいろいろと違いがあるでしょうから、一概にこうした方がいい、ということはできません。

一般的には、印象的でなおかつ内容を端的に表しているものがいい、といわれています。そんなこといわれたって、どんなタイトルが印象的か、なんてことは、ド素人にわかるわけがないんですが。

ひとつの方法として、既存のタイトルをパクルというのがあります。

もちろん、そのまま使ってはいけません。

たとえば「雪国」なんてぇタイトルをつけちゃったら、それを見た人は絶対に、まずあの有名な「雪国」の方を思い浮かべるでしょう。で、それと比較されちゃうわけです。それは確実に損ですから、そういうパクリはできるだけ避けましょう。

何にしても、既存の本のタイトルをたくさん知っておくことは、たぶん損にはならないでしょうから、暇なときにでも書店にいって、並んでいる小説のタイトルを眺めてみるのも、いいかもしれません。

で、そのタイトルをいつつけるかですが。

いつだっていいじゃねぇか。

と思ったあなた。あなたは正しい。いつつけたっていいんです。

ただ、ちゃんとした「小説の書き方」系の本を読むと、タイトルをいつつけるか、という点では、大きくわけてふたつのパターンがあるようです。

まず、先につける、というパターン。

この場合は、基本的にすでにきちんと内容が決まっていることが前提です。内容が決まっていれば、タイトルも決まるでしょう。逆に言うと、内容がきちんと決まっていなくて、タイトルもつけられないような場合は、書き始めてはいけない、という戒めでもあるわけですが。

まあ、ド素人の場合は、そこまで真剣にならなくてもいいでしょうし、本によっては、「先に気の利いたタイトルを思い付くと、作品を作りやすい」というようなことをいっている本もありますし。つまり、タイトルを決めることによって、その作品のイメージを作者が意識しやすい、ということです。

次に、あとからつける、というパターン。

これはもう、作品は一応完成しているわけですから、その内容をよく吟味して、それに見合ったタイトルをつけてあげればいいわけです。

どちらがいいかは、一長一短。

先にタイトルをつけてしまったために、それに引きずられて、作品の広がりがなくなってしまうとか、途中で新しい展開を思い付いたのに、それをやるとタイトルと違ってしまうので、断念しなければならないとか、いろいろなジレンマがあるようです。

最後にタイトルをつける場合は逆に、途中の指針がなくて書きにくかったり、展開がフラフラして定まらなかったりと、いろいろな問題があるようです。

で、ド素人が小説のようなモノを書く場合、途中でつけるのが一番いいんじゃないか、と(笑)

まずはとりあえず仮題をつけておいて、それで書き始める。で、途中で思い付いたタイトルをピックアップしていく。はなしの展開が変わってしまって、最初につけた仮題がしっくりこなくなった場合でも、気にせずに新しいタイトルを考えてしまう。そして最後に、途中で思い付いたタイトルの中で、一番いい奴に決める、と。

これがベストかどうかはわかりません。

そもそも、この「小説のようなモノの書き方」の中では、<A HREF="howto.cgi?TYPE=Y&NO=01-001">「好きなところから書けばいい」</a>なんてぇことをいってますから、どこでどんなタイトルを思い付くかもわからないわけですから。

まあ、インターネット上で、連載小説のような形を取るのでない限り、ド素人はいつタイトルをつけてもいい、ということでしょうか。

最低でも、他人に読ませる直前までには、ちゃんとタイトルをつけてあげてください。

99.09.30


登場人物の名前

これはもう、名前に見えればなんだっていいんですが。一口に名前といっても、日本人以外の登場人物や、地球外生命体なんかの名前もつけなければならない場合も出てくるかもしれません。すべての登場人物が人間じゃない可能性もありますし。

そうなると、例のあげようがないんで、とりあえず、日本人の名前をつけることを前提にはなしを進めさせていただきます。

よく聞く方法で、電話帳から適当にひっぱってくる、なんてぇやり方があります。電話帳のかわりに、人名辞典のようなものを使う場合もあるでしょう。あとは、有名人や友人知人の名前を借用するとか。

有名人や友人知人の名前を借りる場合には、その登場人物の外見や性格も、本人のそれに近いものなることが多いでしょう。というよりも、そうでなかったら、借りてくる意味がないんですが。その場合は、名誉毀損で訴えられないように気をつけてください。

名前をつける場合に気を付けたいのが、主要人物とその他大勢の名前のつけかたの違いについてです。実際は、これにも特にルールはないのですが、できれば、主要人物には印象的な名前を、そうでない登場人物にはそれなりの名前をつけるようにしましょう。主要人物の名前が印象の薄いもので、ほんのチョイ役の名前が印象的だったりすると、読者が混乱に陥ることがありますから。

印象的な名前ったって、あまりに珍しすぎる名前も考えものです。

もちろん、珍しい苗字をつけるのがいけない、というわけではありません。ポイントは、見た瞬間に名前に見えるかどうかです。実在する苗字だとしても、「祁答院」なんてぇ、あまりなじみのない苗字をつけちゃうと、変なはなしですが、リアリティに欠けることになります。ちなみに「祁答院」は「けどういん」と読んで、九州の方にある苗字だそうです。

逆に存在しない苗字でも、いかにもありそうな感じを読者に与えることができれば、それはそれで成功なわけです。

読みにくい名前というのも考えものです。一時有名になった「サカキバラ」だって、「酒鬼薔薇」なんて書くと、どう読んでいいのかわかりませんし、どう見ても苗字には見えません。素直に「榊原」としてあげましょう。「祁答院」にしても、最初は何と読めばいいのかわからないでしょう。

ただ、このような場合には、あまりに印象的なために、読者には覚えやすいという利点もあります。困るのが、いろいろな読み方のできる名前の場合です。

たとえば「立川」と書いてある場合、これを「たちかわ」と読むか「たてかわ」と読むか。どっちでもいいといえばいえますが、できればちゃんと読んでもらいたいものですから、そういった名前は、主要人物にはつけない方が無難かもしれません。

印象的な名前という意味では、日本を代表する名探偵の名前というのは、印象的なものが多いようです。

どこかで読むか聞いたかしたはなしなのですが、印象的な名前をつける場合、苗字と名前の両方を派手にしてはいけないのだそうです。つまり、苗字が珍しいものならば、名前はポピュラーなものや野暮ったい感じのものに、名前を派手にするならば、苗字は地味に、というのが手法のようです。

あとは、できれば登場人物の性格にみあった名前をつけた方がいい、というのがあります。

「伊集院光」という名前で、現実には太ったタレントを思い出すでしょうが、字面だけ見た限りでは、細身のイメージがあります。「鬼瓦権三」という名前だと、いかついイメージになります。

もちろん、それを逆手にとって、いかつい名前のやさ男にしてもいいわけですが、意味もなくそれをやると、読者から突っ込まれる恐れがありますので、気をつけた方がいいでしょう。

99.09.30

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